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2019-08

近代化していない日本と近代化していない教育 - 2019.01.13 Sun

先日電車に乗っていたら、車窓から見えた中学校の屋上に大きな看板で「困難を乗り越えて羽ばたこう」という標語がかけられていました。

おそらくこういった標語が学校にあったとしても、多くの人は気にも留めずスルーしてしまうのではないでしょうか。また、もしそれを読んだとしても、「うん、まあそうだよな」くらいの感想になる人は多いのではないでしょうか。

僕は、これをスルーできませんでした。
それを見てからずっと悩み続けました。

これを見て感じるところ。端的に言ってしまえば、日本はまだ近代化していないのだということです。
なにをオーバーなと思われるかも知れませんが、僕はどうにもそうとしか思えない深刻な問題でした。





これは学校に掲げられているのですから、そこに教育的な要素があると考えられて税金から予算を出して設置していると言うことでしょう。おそらく数十万円の単位では収まらないお金がかかっているのではないでしょうか。

学校が、この言葉に教育的な要素を盛り込んでいるわけです。

この標語を考えると、「困難」ありきで考えていますね。
「困難というのはあるものなんだ、だから乗り越えろ」と。

これは近代というよりも、前近代の人たちのものの考え方です。

例えば、農業で考えてみましょう。
農業というのは、自然を相手にする営みで、そこには大きな困難をともなってきました。

いまでも自然災害など、人の力ではいかんともしがたい事象にあって被害をこうむることはまれではありません。
これが、かつて近代化する前の段階ではその困難さはより大きなものでした。
その中では手を尽くせる人知にも限りがあり、神頼みなどに頼らなければならなかったわけです。

社会の進歩が進み近代にはいってからは、完全にではないとは言え品種改良などさまざまな科学的な知見を積み上げたり、工業化による恩恵を利用しながら発展してきています。

つまり、困難はあるけど、その困難自体をなくしていこうという姿勢で対峙してきたのが近代以降の社会です。
これは農業に限らないわけですね。

また、人々の生きる政治的な状況でも同様です。
近代以前は、王様がいたり、日本では固定的な身分制度がありお殿様がいた時代です。
この中では、政治の有り様を庶民が変えることは基本的にできませんでした。
つまり、枠組みは決まっているわけです。
その枠組みが困難なものである場合、それに耐えるという選択肢がほぼ唯一の取り得る対応でした。

近代社会、近代国家になって、そこからの様々な進歩を経て、世界は枠組みを変えられるという知見を得てきました。それが近代というあり方です。


しかし、この学校の掲げている標語は、そのことを何ら示唆していません。
むしろ、前近代の考え方をいまでもなぞることが、教育要素だとしているかのようです。

「乗り越えて羽ばたく」というのは、その困難を解決しようという意味も含んでいるのではと言う指摘もあるかもしれません。

これが学校以外のところであれば、そう考えられなくもないかもしれません。それでも結構厳しい解釈かとは思いますが。


ですが、ここでのこの言葉が子供たちに向けられた教育的な要素であることを考えると、近代という文脈の上ではその解釈は成り立たないのです。


近代の得た知見のひとつに、「子供」という概念があります。
子供の権利条約などに集約されているものですね。

そのなかのとても大切なことのひとつが、「子供とは社会的に守られるもの」という考え方です。

先進国といわれる国々、もちろん先進国と呼ばれない国でも、この考え方を非常に重んじています。

「子供は守られるもの」

これを大切なものとしてとらえている社会では、「困難」と「子供」というふたつのファクターがあった場合、その間にあるものはそのふたつをできるだけ「遠ざけよう」とする視点、考え方です。

敢えて、そのふたつを「近づけるのだ」とする考え方は、すでにある「困難」がどうにも変えられない状況を持っている社会的に後れた、前近代的なあり方の国におけるものでしかありません。


近代的な社会では、こう考えます。

「確かに世の中には困難がある。だから私たち大人は自分たちの世代でできるだけ目の前にある困難を解決し、そして次代を担う子供たちにバトンタッチしよう。
きっとバトンタッチした後でも、それでもいろいろな困難があるだろう、それはその世代が解決に取り組みまた次代をより良いものにして引き継いでいってもらいたい。そのために、いま大人は子供たちに社会をより良くするスキル(教育)を最大限の努力を払って持たせていこう」

これが近代社会が持つ子供への基礎的なスタンスです。


日本では、「困難」に対してそれを解決することよりも、「耐えること」をひたすらに教えていきます。そのことは子供への教育にとどまらず、大人の社会にも反映されています。

・ブラック企業、過労死、過労自死、ウツ、
・痴漢や性犯罪の被害にあっても被害者を責める
・共働きでも子供に弁当を作って持たせるのが親の愛情だ
・子供をベビーカーに乗せて電車に乗るなど迷惑だ。私たちの若いときはもっと大変だった
・いじめられる方にも悪いところがある
・体罰をするのはお前のためを思っているからだ、している自分だって心が痛い
・夫が会社でされるパワハラの不満を、妻にモラハラでぶつけ、妻はそれを子供に八つ当たりし

これら、みな上から下へと「困難」を強要しています。

具体的なところでは全国で相次ぐ、過労によるバス運転士の事故などもそうです。

12月に挙げた『健全な保育施設運営のために』の記事で描いた構図も、これとまったく同じです。
 ・施設が職員に過重労働を強い。職員が子供にイライラをぶつけ


そもそも子育てそのものが、「母親に困難を押しつける」という構図から抜けきれていません。


もし、仮に誰でもできる努力の範囲で全ての困難が乗り越えられるのだとしたら、「困難を乗り越えて羽ばたこう」を教育要素としてもいいかもしれません。

しかし、現実はそうならないのです。


この教育方針で子供たちを育てると、子供は枠組みを変えることを知らないまま大人になります。
すると、どうなるか。
その困難が乗り越えられない場合、そこでの不満は向かいやすいところへ向かいます。

枠組み、つまり自分よりも上の状況が変えられないと思っているのですから、下に向かっていきます。つまり弱い方です。


例えば、いま話題のPTAの問題で考えてみます。

共働き家庭が増えてきた昨今、学校のPTA活動は以前のようにすんなり(以前もすんなりいっていなかったと思いますが)とはいかなくなっています。
多くの人が、しんどい思いをして我慢してやっているという状態になっています。

もし、
「PTAのあり方無理のないように変えていきましょうよ」
「そうですね。ではこの行事はなくしてみたらどうでしょう?」

といった枠組みを変える方向のアクションが取れればいいですが、それができず枠組みは変えられないという困難前提の中で我慢や頑張りを重ねていくと、「役員は大変。役員やってないあの人はいいな」から「役員していないあの人はずるい」とそういった心理が形成されることをなかなか止められません。

そのように、弱いところへ弱いところへと、人はネガティブな気持ちを向けていくのです。

しばしば起こる生活保護者や障がい者パッシング、公務員パッシングなども同じです。

「自分たちの生活はこういう状況で苦しい。だからこのように改善してほしい」

こういったアクションをとっていいというのが、近現代のあり方なのだけど、それをしない、できない、よくないとされてしまうと、弱いところへとその負荷が向けられます。

「生活保護などもらってずるい。あいつらは自分たち収めた税金をかすめ取っている」

悲しいかな、このように思ってしまう人もでてきます。
そして実際、こういったことが差別や蔑視へと派生し、それがそこいら中で起こっているのが現在の日本の社会です。


まさにこれを助長しているのが、日本の義務教育のあり方です。

「困難を乗り越えて羽ばたこう」

この標語は一見モラリスティックです。立派で、疑う余地のないようにすら聞こえてしまいます。
しかし、これは第二次世界大戦中のプロパガンダ「欲しがりません勝つまでは!」と本質的になにも変わっていません。
もっと言えば、多くの人を無為に餓死や病死に追い込んだインパール作戦の理屈とまったく同じです。


教育として子供たちにこれを課していくことは、あまりにも現代社会に生きる大人として恥ずかしいことだと僕は強く感じます。


これに疑問を持たない人が多いというのは、そもそもすでに大人達がこの価値観を自分のものとして刷り込まれてしまっているからでしょう。

いつの間にか、誰かから刷り込まれた考えを自分の考えと思ってしまう。
これが教育の怖さです。


関連記事

● COMMENT ●

「子供は守られるもの」

だという言説は、数年前ツイッター始めてから知りました。それまでは知らなかった。未成年者を大人は守るべきだという規範がある事を知らなかったんです。
多分、大抵の人は知らないと思う…。自己責任だと思ってる。

犯罪捜査もののアメリカドラマ見てると、被害者が未成年だったりすると刑事達は普段に増して傷ましがり、必死になって捜査するんですけど、ようやくその態度の謎が解けました。

ちなみに、うちの近所の小学校には正門脇に石碑があり、そこには「より早くより強くより美しく」と刻まれています。
初等教育の現場に必要だとは到底思えない価値観です。しかも石碑を設置してまでって…
そして友人にその話をしても全然ピンと来ないらしく、その点でもダメージが大きい。
夫からは「何それ!?!?」の反応を貰えたので、いい男と結婚出来て良かったと思いましたけど!

工業製品の工場かなと思いましたよ
オリンピック選手の養成施設なら…それでもギリギリかなー…

Re: 「子供は守られるもの」

まあ、オリンピックの標語そのものが、20世紀におけるファシズムや全体主義のプロパガンダの昇華みたいなものですから、類似性は強いでしょうね。
だから、いまの日本の学校はあれだけ東京オリンピック推進になっているのです。一周回って全部つながっています。

子供より仕事優先

私の両親は自営業で、私が幼い頃から仕事ばかりの生活でした。
日々の母の「仕事が忙しいから出来ない、後にして、我慢して」の言葉には、自分の思いを飲み込むしかありませんでした。
結局、私は高校を卒業する頃まで、ことごとく親に反抗し、言い様のない苛立ちと寂しさを抱えていました。

父は「お前は、子供の時から親に何もしてもらえない人生だけど、その苦労は大事だぞ」と言いました。
私が幼い時からそう言っていましたし、その時の私は、言葉が出てこず、涙が出るだけでした。
私が大人になってから、母にも同じようなことを言われた時には、両親揃ってこんな考え方なのかと愕然としました。
苦労って、自ら社会で経験するものであっても、両親から贈り物のように与えられるものではないです。
私は、もっと両親に守ってもらいたかったです。
「子供に我慢させ続けてきたけど、これで良かったんだ」と思っている両親が本当に悲しいです。

素晴らしいの一言に尽きます。本当にこのような考え方に出会えてよかった。素晴らしいこの考えが広まることを願っています。
きっと、人々の胸に届くことを信じて。

節分の鬼

年中女子の母です。娘は3歳くらいから鬼やお化け、暗闇をとても怖がり、自宅で夜を過ごすことすら怖がるときもありました。随分前から中身は先生だよとネタバレしたのですが、半信半疑で、ホンモノと思ってるみたいです。悪いことにうちの園はかなり本格的な怖い鬼がくるんです。毎年節分集会は「お休みする…」と怯えています。子の怖がりが加速するんじゃないかと思って、怖い鬼を出すことの意味が理解できずにいます。娘は繊細なほうだと思いますが、そうでない子どもでも本能で暗闇や自然の怖さをわかってるように思うので、なんのために園(=親が守ってあげられない場所)で子どもを怖がらせる必要があるのかが分からず…。自分のなかの鬼を退治するのなら、普通の鬼でも構わないはずですよね。
先生に軽く相談してみたのですが、子どもたちが怖いものに対峙していくことを求めていて、でも年長さんになると怖がらなくなっちゃうからリアルさを追求してるそうです。伝統行事だからこその考え方があるのかもしれませんが、イマイチ納得できずにいます。今回記事にしてくださったことに絡めると、困難をあえて与えてみるという考えなのかもしれないと思い至りました。もし、そうではない教育的理由があるのだとしたら、どういったことが考えられるのか、いつかおとーちゃんさんの考えを聞いてみたいな~と思ってます。まあ、、娘の怖がりも時間とともになくなっていくものだとは思うので、そこまで深刻な影響があるとは考えにくいですし、節分集会当日は個別に配慮してもらったので、園の対応には感謝してるのですが。。

ももじろうさんへ

私も同じように思ってました!!
私の幼少期私の保育園は自分たちで鬼のお面をかぶって、マメを投げる自分の体の中に住んでいる悪い鬼を外へ追い出すとゆう形で楽しかった記憶です。
でも、最近どこの園でもか
リアルな鬼が登場しますよね。
私自身保育士として働いていて
鬼の役をして子どもを脅かしたこともあります。
本当に子どもが恐怖に震えているとゆう
感じの子もいます。
その光景にお腹をかかえて笑っている大人も多かったりします

私はそのリアルな鬼で恐怖をあたえることと、自分の中にいる鬼をやつけるとが結びつきません。

節分の行事の前後はお利口にしていないと鬼に悪さをされるよ
というのが先生たちの口癖にもなっていました。
脅していうことを聞かせやすい
期間でもありました

私自身こわがりだし、子供を脅かして
いうことを聞かせるのも嫌いなので
このやり方が好きでありません。

子どもによっても
節分のリアルな鬼を引きずる子もいたりすると、それを思うと嫌な気持ちになります。

節分のリアルな鬼なんとかして
やめたいです。
昔の伝統を大事にしたいそれとは違うと感じます

aiさん ありがとうございます

コメントありがとうございました.
これまで他の保護者さんなど何人かに相談しましたが,私の感覚はあまり理解されてこなかったので,とても嬉しかったです.

そして,やはり現場では脅して言うことを聞かせるということがあるのですね.うちの園でも「鬼の部屋」があるらしく,未満児さんのころから先生の言うことを聞けない子は鬼の部屋に連れていくよ!と脅しているようです.やんちゃな子に先生がそう言っているのを娘がそばで聞いて伝えてきた話なので,真偽のほどはよくわからないのですが….そういったこともあって,怖い鬼が本当にいるのだと信じさせる必要が,先生の方にあるのかもしれないというのも,捨てきれない疑念です.大勢の子どもたちをみるのは大変なことだと思いますが,だからといってそういうやり方しかできないのかな,といつももやもやしています.

とはいっても真正面から「先生のやり方はおかしいのでは」などとは言えませんし,どちらかというと脅して言うことを聞かせるのが当たり前の感覚を持っている人が多い中で,どのように伝えたらいいのか手探りの日々です.先生たちにおとーちゃんの研修を受けてほしいと心から思っています.aiさんの働いてらっしゃる園でも研修などあるのでしょうか.保護者の立場から,こういう方向性の保育をしてほしいからこういう研修を受けてくれませんか,なんていうことを園に直接伝えるのも違う気がしますし…市役所に伝えるべきなのかもしれませんね.

ももじろうさん

私もももじろうさんと共感できて嬉しいです!
私も今までなかなか共感してもらえませんでした、働く園の保護者の方は
節分をしてから『しばらく鬼がつかえる』と我が子を脅す手として、、そう口にする人もいました。
ただ恐怖心を与えるだけですよね。

私の知り合いが働いていた園でも
叱られる部屋があったそうです。

そして、私が今働く園は寝つきが悪い子に対して『早く寝ないならあの部屋につれてくよ』と個室の部屋に連れていきこどもが泣き叫びながら強引に寝かしつけをする先生もいました。
現在パートのお手伝いとゆう形もあり
自分の意見も言えず、見てみぬフリをしている自分が情けないです

夢の保育士として働きだしたのですが、
子どもを脅したり、子どもに嫌みを言ったり
クラスみんなで1人の子にいじめのようにしたりそんな風にする先輩保育士もいました
現実は本当にもっとこわいものばかり。
なので、保育園=信用できないと思ってしまった時期もあるほどでした。
今はその園はやめました。
その園に勤めてるときは研修に行くこともありませんでした。短大卒業した度素人が悪い先輩のマネをして保育士ごっこをしているような
自分の自己満の世界でした。

そのあとは、公立の園に勤め研修も沢山うけ
研修をする度に気持ちを改めたり、自分の子どもに対する接し方も何度も考えるきっかけになりました。
真面目に保育をしました。
研修だけのおかげでないですが、研修があって勉強することは本当に大事だと思います
ついつい全然関係ない話してしまい、すみません!!
でも、その研修でもなんとなくぼんやりといい話を聞いてるような感じで
保育士おとーちゃんのブログに書いてあるような具体的なとこまで知れる研修はなかなかありませんでした。
なので、私は保育士おとーちゃんのブログで勉強させてもらってます。

研修を受けても人の捉え方もそれぞれなので、研修をして節分のやり方まで見直すってところまでいくのは難しそうですね。。
私も本当にもっといい節分のやり方はないかなと思います。

aiさんへ

aiさんへ

研修があるかないかというのも園によって違うのですね!そうですよね.スキルアップしていく場があるのはとても大事ですよね.

aiさんの園でもそういった脅し保育をする先生がいるのですね….人によるのかもしれませんが,ある程度は園長とか主任など上の人の考えが反映されたものなんでしょうね.そういうなかで,aiさんのような先生がいらっしゃると子ども達にとっては本当に安心できる場になるのだと思います.頑張ってくださいね!遠くから応援しています.


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