子育てのカルト化について vol.2 - 2019.02.28 Thu
『山本太郎氏、日本母親連盟を支持者の面前でぶった斬り!』(HBO)
この手の話は書いていても消耗するので、あんまり書くつもりもなかったのだけど、あまりにこのことがすごかったので勢いで書いてしまいます。
デマを適切にファクトで打ち消すのが大変な労力を必要とするのと同様、エセ科学やカルトに対抗していくのは、その検証や周知に大きな労力がかかります。
また、エセ科学がそれらを流布することで利益を上げられるのに対して、ファクトでカウンターする側はそれによって利益を上げているわけではありません。
端から分が悪い戦いです。
山本太郎議員は、それにまっこうから対抗しその矛盾、誤謬を臆することなく提示しました。これは相当の快挙だと言えるでしょう。
上の記事を読んでもらえばとてもわかりやすいですが、日本母親連盟はスピリチュアル・エセ科学・日本会議がタッグを組んだような子育てを取り巻くカルトです。
カルトについて調べていれば、エセ科学あるところに日本会議ありと思えるくらい、この歴史修正主義の極右思想を持っている団体が絡んできます。
なぜいま極右思想がカルトにつながるのか?
それは結局のところ、支配が目的だからです。
戦前戦中のような、権力や権威が大きな顔をして人々の上に君臨しようとする人たちが、現代でそれを復活させようとするとき、相当に無理筋のことを通さなければそれは実現できません。
無理筋のことを通すのにカルトは大変便利です。
水からの伝言、江戸しぐさ、ホメオパシーなどなど。
でっちあげた理屈を使い、人々をコントロールしようとします。
もちろん、教育の中でも子供をそういった思想にしむけていきます。それらはすでに小中学校の教育の中にも入り込んでいます。
二分の一成人式ですらいろいろ問題があるのに、「立志式」「志教育」などとなるとこちらには本物のカルト宗教が絡んできます。
学校行事の裏にカルト宗教がいるなどというのは、信じたくないほどに恐ろしいですが、もうすでに現実です。
教科書検定も、もはやボロボロの制度になりはて、カルトが教科書にまで入りこんでいるのをわかっていながら看過している状態です。
◆なぜ母親か?
極右思想を持つ人たちは、基本的にミソジニー(女性嫌悪)に染まっています。
しかし、フロントでは女性を持ち上げる動きを出します。
今に始まったことではありませんが、右翼的な政治団体など昔から各地に「母子像」などもたくさん建ててきています。
これは、なぜかというと、女性の地位の(低い位置での)固定化が目論見だからです。
「愛情たっぷりで子供を慈しみ育てる母親は素晴らしい」
きれいな側面ではこういった、一見女性を持ち上げるかに見える動きをとります。
しかし、皆さんもご存じのように、「産む機械」「最低二人産め」「少子化は、女性が子供を産まないのが悪い」といったあからさまなミソジニーが本音です。
例えば、「愛情」という言葉を使って女性を縛ります。
中学校で給食を実施せず、「愛情弁当」を持たせろといった行政のあり方としてそれは現実化しています。
横浜市、町田市などたびたびニュースにもなっています。
これは、完全にモラハラなのです。
多様な人々のあり方を許容せず、「○○はこうあるべきだ」という一方的な価値観の押しつけをしています。
「○○はこうあるべきだ」はカルトと親和性が高い姿勢です。
スピリチュアルでも自然志向でも、健康志向でも、エセ科学でも、エセ歴史でも、エセ医療でも、食育でもなんでもいいので、「○○はこうあるべきだ」に同調をさせれば、それをいとぐちに虚栄心や承認欲求や、自己顕示欲や、金銭欲、安心を求めたい気持ち、そういったものをうまく手玉にとって、さまざまなことへの同調をさせることができます。つまりマインドコントロールです。
日本母親連盟が、山本太郎が指摘したように憲法9条だけなぜか保留という形で触れている不自然さは、のちのちそういったところにつなげる意図があるからでしょう。
彼が上記の講演の中でも繰り返し述べているように、人がどんな思想や政治的信条をとろうとも自由です。
でも、僕が思うのは、それを選択するのは誰かにマインドコントロールや洗脳されてではなく、自分の頭で考えて行うべきことです。
それが現代に生きる成熟した大人というもので、子供たちの未来に責任ある態度だと思います。
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● COMMENT ●
Re: タイトルなし
わかってやっている可能性もありますが、わかっていないことの方が多いです。
1,親学を教えることが上からの指示である
親学は教育委員会などにもすっかり入り込んでいますので、職員がその手の研修をされる中でいいものとして刷り込まれていたり、それの仕様を要求されている可能性があります。
2,表面的なところは、一見もっともらしく聞こえることで構成されている
3,もともと、幼稚園教諭や保育士の思考と親和性が高い部分がある
「子供を慈しんで」など、子供に関わる職の人が刷り込まれている考え方と同じ文脈になっている。
さらには、特にある一点においてメンタリティとして親和性がある。
それは、「子供が○○なのは親のせい」といった感覚。
「今時の子供が○○なのは親がだらしないから」
この○○の部分には例えば以下のようなものが入る。まあ否定的見解ならなんでもいい。
・わがままなのは
・オムツが取れないのは
・好き嫌いがあるのは
・言うことを聞けないのは
・我慢が足りないのは
・アレルギーなのは
・発達障がいなのは etc.
保育士、教員を取り巻く業界の体質には、もともとこのような思考になりやすい土壌がある。
親学はじめ、極右の人たちのメンタルの特徴「自分は間違っていない周囲が悪い」この思考。「昔は良かった」もこれの派生型。
たまたまなのだが、この思考に同質性があり、それが親和してしまう。
結果的に、親学をいいものとして広めるのに無自覚に片棒を担いでしまう。
お返事ありがとうございます。
私は現在PTAの役員をしており、親学に沿った形での講演会や読書やふれあい遊びなど親への啓蒙活動の様なことも活動の一環としてやっています。
幼稚園から「このような形で役員さんに活動して欲しい」と“親学”というワードの入ったのプリントを渡され、「これってあの親学?」と物凄く違和感があったのですがそれを口に出すことはできませんでした。(面倒な人と思われたくなかった)
表面的にはごく一般的な育児書に書いてあるような趣旨のことなので、先生方や保護者も疑問に思う人は少ないでしょうね。
親学を知識として知っていても、この程度なら実害もないかと見過ごしている人も多いのではと想像します。
私も片棒を担がされた1人ですね。それが腹立たしいです。
園長先生や主任レベルの先生は子育てを経験されている方も多いです。母親を追い詰めかねない親学の考えに疑問を持ち、園として拒否して欲しいと思いました。
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子どもが通っているのは公立幼稚園です。温かく大変いい園なのです。役員の活動、送り迎え、お弁当と親の出番は多いですが納得しています。一点だけ気になるのが親学というワードがプリント等に頻繁に出てくるのです。先生方は意味がわかってるのかなと大変疑問です。