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2018-08

「過干渉」という病(背景にあるもの) - 2018.06.18 Mon

子供への関わりが過干渉になっていない人を見つける方が難しいほど、現在の子育ては過干渉がデフォルトの状態です。

なぜ過干渉になってしまうのでしょうか?
これには明らかな理由があります。 




「こうすべき」というプレッシャーが、子育てする大人に課せられているからです。
例えば、

・「公共の場で子供は静かにしなければならない」

という子育てのある種の規範は、同時に親に対する

・「子供を静かにさせねばならない」

無言の内に、子育てする人への強迫観念となっています。



同時に、それが「正しいことである」というモラル形成がなされており、それに適合しない親、子への否定的、攻撃的な見方が社会一般で自然と作られてしまっています。
そのため第三者は、子供や子育てする人へ、それを理由としたモラルハラスメントすら行うことができてしまいます。


このように現状の日本の子育ては、許容的ではないものとなっています。
こういった空気感のようなものが、日本の子育ての背景にはどっしりとあり、それが子育てする人を無意識に過保護・過干渉にしています。同時に、子育てする人を自己犠牲的な状態にも追い込みます。これも子育てがしんどくなる原因のひとつです。

さらにこの空気感は、子供そのものに対する不寛容さを生むみなもとともなっているようです。



これが形成されている理由は、日本の子育てが「しつけ」という考え方で整備されてきたからです。

一般に「しつけ」というと、日本に昔からあるもののように考えられがちですが、現在のような規範に子供を当てはめていくような子育てが「しつけ」と言われるようになったのは、広義に見ても昭和初期からの都市化にともなってのものであり、狭義に見れば直接的には高度経済成長期に専業主婦として母親が子育て・家事をその責任とされた時代からのものです。

「子育ては女性の責任」と考えられた時代では、必然的に過保護・過干渉になることで、子供の正しい姿を作り出さなければという気持ちに親はなってしまいます。それは同時に、子供の適応的でない姿は「母親のせいである」とモラハラができる状態でもあります。

そのように、「しつけ」という概念での子育ては、過保護・過干渉と不可分にならざるを得ませんでした。



この過保護・過干渉による子育ては、実のところたくさんの弊害を生んでいますが、人間の内面に形成されるものは、直接にその因果関係が見えないのでその弊害がなかなか子育ての仕方と関連して見えてきません。

例えばですが、現代の若い世代から子育て中の人たちの世代ですと、自己肯定感の低さや自尊感情の低さ、無気力さといったものを顕著にもたらしています。

それより上の世代では、他者を支配する(他者より優位に立つ)ことで自我を満たすといった、難しさを抱えた人格形成などに強い影響を及ぼしているのではと考えられます。



「自己肯定感の低さや自尊感情の低さ、無気力さ」を生んでしまうのは、過保護・過干渉を大人が子供にすることで、子供は、自己決定、自己表現、失敗を経験してそれを乗り越える力を養うといったことがいちじるしくできなくなってしまうからです。


「他者を支配する(他者より優位に立つ)ことで自我を満たす人格形成を獲得してしまう」のは、強い支配による過干渉を慢性的に受け続けてきたことにより形成されやすくなります。

叩かれたり、怒鳴られたり、叱られたり、怒られたり、大人の顔色をうかがって過ごさねばならなかったり、このような子育てを蓄積されていくと、人は萎縮した人格を形成されたり、それにより溜め込まれた怒りのはけ口が必要な人格となっていきます。

それが場合によっては、他者に攻撃的だったり、意地悪をせずにはいられなかったり、他者を支配したり、差別をすることで自己を満たすといった人格形成につながることがあります。

また、子育ての中でそれが連鎖する率も高くなってしまいます。



さらには、これの派生型で、子供を自分を満たすために利用していく子育てになる場合もあります。

・子供のテストが100点でなければ気がすまない
・子供の成績がオール5でなければならない
・習い事のコンクールで1位にならなければ許さない
・名門校や、一流企業に入れずには気がすまない
・結婚相手にそういったブランド性を求める


このような親の欲求の根元にあるのも、支配的に形成されてしまったその人の人格であり、その背景にはその人が支配的な子育てを受けてきた場合があります。

いま子育てしている人の世代(親世代)に、すでにこういった子育てを受けている人が少なからずおり、さらにその親(祖父母世代)もそういった子育てを受けているという現実があります。


先日起こった目黒の虐待死事件があります。
あのケースにおいても、その被害にあった子は、字を習得させられていたり、モデル体型でいなければならないといったことを要求されていました。
そのことは、父親が支配性の人格からの子育てをしていたことを端的に表していると言えるでしょう。




このように、現代の子育てが過干渉になってしまうのは、子育てに許容的でない社会、子育てに攻撃的な社会があることが根っこにあります。

では、これを改善していくためにはどうしていけばいいでしょうか。
これが、現代の子育てする人だけでなく、社会全体が考えなければならないテーマです。


「非難から援助へ」

という成熟した見方が必要です。



これまで、子供の虐待死のニュースが流れると、それに対する世の人の感情や考えは、その親を責めるものとなっていました。

例えば、大阪の二人の子が餓死した事件などでは、主にその母親を責める声ばかりに終始していました。その次に、児童相談所の対応を責める意見が支配的でした。

人の情として、このような気持ちになってしまうのはわかります。
しかし、これをしていてはいつまで経っても、悲しい虐待死事件はなくなりません。


なぜなら大事な事実を見ていないからです。

それは、誰もが適切な子育てをできるとは限らないという事実です。
むしろ、現代の子育ての出発点はまったく逆です。

これは子供を虐待するような人だけの問題ではなく、「現代では誰もが適切に子育てできない」ということを前提として子育てを考えなければならない時代であり、社会になっている現実の認識です。


「誰もが子育てできなくて当然、だからサポートが必要だよね」というところが現実のスタート地点なのです。


「しつけ」の考え方が親を責めるのは、「親ならば誰もが子育てできて当然」というゆがんだ幻想を根拠にしているからです。
それが難しい人にもそれを求めてきたために、むしろ不適切な子育てが蔓延してしまいました。

本来は難しくなかった人にも過剰に求めたことが、親にとっての子育てをしんどいものに、子供にとっての育ちをつらいものにしてきてしまいました。


そして現代の基本的な子育ての形である、核家族&大人はフルタイムで仕事をしているのが一般的(はしょりますがその他諸々、専業主婦であってすら)という状態では、子育てが安定してできないという状態がデフォルトの形なのです。




ですから、過干渉にならない子育ての第一歩は、他者の子育てに対して許容的になることだと言えます。

責めるくらいならば手を貸す。手を貸せないならば、せめて非難をしない。

こういったスタンスが必要でしょう。これをできる人からやっていくことが大切です。
だから、その意味で現代は社会的な子育ての支援が重要であり、保育士の社会的役割は高まっているのです。



人間というのは不思議なもので、「ミイラ取りがミイラになる」という心理があります。

例えば、それまで差別されていた人が、社会的地位などを得て差別されない場にたどりつくと、今度は一転して他者を差別するようになったりします。

子育てでもこれと同じことが起こります。
「子供を育てているときは、自分のやりたいことは我慢しなさい」と求められていた人が、その立場から抜け出ると「自分はそれを要求されてつらかったから、後に続く人には優しくしよう」という人もおりますが、逆に「自分がさせられたことだから、後に続く人に落ち度を見つけたら責め立ててやろう」といった心理になる人もいます。

姑による嫁いびりなども、こういった構造をもっていることがありますね。
公共の乗り物におけるベビーカー論争にも、この構造がありました。



誰かの子育てを援助するのは、まわりまわって自分や我が子のためになっていきます。
先日、新幹線の中での通り魔殺人が起こりました。
これは「怒りを抱えた人間」による凶行です。

子育てを援助していくことで、こういった怒りを抱えた人間を増やさないことにつながっていきます。

自分にできることからでいいのだと思います。
妊婦さんや子連れの人に席をゆずったりとか。
そんな些細なことであっても、子育てがしんどいときにはとても大きな力になるものです。


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● COMMENT ●

海外の寛容さ

子育てに不寛容な社会の空気と、それが子育て中のママへのプレッシャーになっていること、その通りだと思います。
子どもや母親だけでなく、異質な人に対して寛容ではないような気がします。
社会(都市部?)全体が余裕のないイライラした人が多いような。みんな、長時間労働や同調圧力で疲れているのかな。

海外の方が子育てしやすいという記事がよくありますが、公の場で子供が騒いでいても、いつも誰も注意せず、イライラした様子もないことを現地の人に言ったら、逆にキョトンとされ、子供が騒ぐのは当たり前じゃないかと言われた、という記事を読みました。

日本にも素晴らしいところはもちろんたくさんありますが、このようなエピソードを読むと、この大らかでのんびりした空気はとても羨ましいです。。
人の感情に影響を受けやすく、最近若干生活に疲れているので余計そう思いました…(^^;)
のんびりおお〜らかに楽しく生きたい!!

話がずれてスミマセン。

こんにちは。
私は一児の母ですが私の周りに過干渉な祖父母がいます。(今は祖母が亡くなって祖父一人ですが)
祖父母は私の実父母で一緒に住んでいるので血が繋がっている分子育てに関して口うるさいです。
手は出さないが口は出すタイプです。
... ... 分かってはいるんですよ。祖父母も昔は周りの人にたくさん支配されてきてるから仕方がないことは。けれどもそのせいで、私の子にも悪影響があるから悩ましいです。
祖父母は子供と遊ぶのは苦手らしいです。
苦手なら苦手でいいのです。私がメルヘンチックなところがあるから子供と遊ぶの得意ですし。せめて孫の相手が出来ないなら口出さないでほしいなぁ。

この話題を目にするたびに

昔むかし、大学の講義で「近代と前近代との違いのひとつに、≪子供の発見≫がある」と教わったことを思い出して物悲しい気持ちになります。子供期を「未熟な大人」として扱うのではなく、子供として尊重するというのが近代文明の発展のひとつだったはずなのに、私たちの社会はどうして後退しようとしているのでしょうね。

今日、小1になった息子の保護者面談がありました。担任の先生から、良いところと課題を織り混ぜて学校での様子のお話があったあと、先生が「課題と言いましたがこれは、今こういう姿がありますとお伝えしているだけで、"問題"ということではありません。1年かけて成長していけば良いことなので、お母様からは帰宅して『○○ができてないって』等言わなくて大丈夫です」とのこと。
丁寧な説明をなさる先生だな、と思う一方で、ここまで説明しないとダメ出しをされたように感じたり、子供を責めてしまったりする親御さんもいるのかな、と思いました。
自分はさすがにそこまではしないけど…と思いつつ、でもやっぱり、気がつくとできることを求めてる毎日になりがちで…汗
昔の記事で、おとーちゃんさんが「子育てに大事なのはおおらかさ」と書いていらっしゃったのを、折に触れて思いだしてます。

パーシーさん

私も夫の方ですが祖父母と同居しています、三歳と一歳の兄弟の母です。
うちの祖父母も過干渉、過保護、おどし、ごまかしのオンパレードです。
口癖は「危ない、やめなさい、これをしなさい」で、こうあるべきという意識が強く、教えたがりで一歳過ぎから早期教育的な関わり(数や英語など)をしていて間違えると「ちがう!」と言ったり、耳打ちで答えを教えてさも子供が自分で答えたかのようにさせて喜んでます。ちなみに祖母は元保育士だったりします。

第一子が一歳半頃や第二子が生まれた頃などかなり悩みましたが、親である私と夫が子供への対応をしっかり気を付けようということでとりあえず気持ちを切り替えることにしました(疲れてたりすると祖父母の対応にイライラきてしまいますが)
家族の食事の支度中や入浴中に子供を見ていてもらえたり、子供の事はとても可愛がってもらっているのは伝わるので悪いことばかりでもないかなと思うようにしています。
核家族で子供と一対一だと私の精神的逃げ場がないかもしれないし(ただ、義両親との関わりで精神的に疲れることもありますが…悪気無さそうに非難されることがあります)

おとーちゃんさんはあんまりこういった田舎の同居のお話はあんまりなさってなかったようなので同居の祖父母の影響の話もしてくださらないかなぁと思ったり。

家も家も、とついコメントしてしまいました。

寛容でない、よくわかります。
子育てもそうですが何だか社会全体が、人に対して

お前はこうするべきだ。

と、正論をふりかざし強要している風潮が強いというか……。

産院も、支援センターも、保育園も、
「コイツの子育ては大丈夫なのか?」とジャッジしているような
感じがあります。親を最初から信用していないんですよね。
探ってくるような感じがあって、感じ悪いなぁと思う職員も多い。


日本は「人様に迷惑をかけてはいけない」と教えますが、
それが行き過ぎているような気がします。

ある国では
「迷惑をかけられても許してあげようよ。誰だって失敗するんだから」
と教えるそうです。


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