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2018-11

「道徳」の落とし穴 vol.2 自己犠牲について - 2018.07.10 Tue

いただいたコメントの中で、「自己犠牲はよくないと思う一方で、そういった気持ちも大切だと思う」といったものがいくつかありました。
ここには、ある種の誤解、もしくは思い込み(というより”思い込まされている”)があるのかなと思います。


まず、

「人のために行動する ≠ 自己犠牲」 

を理解しておきましょう。





おそらく多くの人が、「人のために行動することは大切」と考えているのでしょう。
別の言葉で言えば、「思いやり」「優しさ」ということでしょうね。

これは、「利他的」ということです。

「利己的」というのは、自分のために行動することで、「利他的」というのは他者のために行動することですね。

「人のために行動する = 利他的 ≠ 自己犠牲的」

人のために行動すること、必ずしも自己犠牲する必要はないのです。

(ちなみに、自己犠牲を称揚していくと「利己的=悪いもの」と考えがちですが、「利己」が必ずしも悪いわけではありません)



ひとつたとえ話をしましょう。

バス停で並んでいたとします。自分の後ろにも何人か並んでいます。
そこへ目の悪い人が来ましたが、どこに並べばいいのかわからずに困っているようです。
その人を手伝いたいと思いました。
さて、どうすればいいでしょうか?

1,その人に「ここですよ」と教え、自分も一緒に列の最後尾にならんだ
2,「ここにどうぞ」と伝えて、自分がならんでいた位置にその人を並ばせて自分は最後尾に並んだ
3,「ここにどうぞ」と自分のならんでいた位置に誘い、そこに一緒に並んだ

さて、実はこのどれもが必ずしも最適解とも言えないのです。(事情や状況によりかわることはありますが)

1,2,は、手伝おうとした人が自己犠牲をしています。
自己犠牲を美徳だと思っている人は、自分が自己犠牲をしたことにより気分がよくなりますが、当の手伝ってもらった目の悪い人は、自分のせいで他者に不利益をこうむらせてしまったことでいたたまれない気持ちを持ちます。

3,は後ろに並んでいた人からすると、割り込まれたようで気分がよろしくないですし、手伝ってもらった人も結果的に割り込みをしたことによりいたたまれません。


これが絶対の正解というわけでもありませんが、誰にも負担をかけない援助は次のケースになります。

4,「ちょっとお手伝いしてきますね」と自分の並んでいる前後の人にことわって、場所をとっておいてもらって、目の悪い人を列の最後尾を教えて並ばせたら自分がそこに戻ってくる

このケースだと、誰も負担をこうむりません。


自己犠牲はしばしば美談として描かれますが、1,2,のようなもので深刻なケースが、災害時など自分が救助されたのに、救助に来てくれた人が亡くなってしまったケースです。
一見美談ですが、場合によってはこの救助された人は一生良心の呵責に悩み続けなければならないといったことが起こりえます。
だから、消防やレスキューの人など、自己犠牲ではなく最大限の安全確保の上で救助することを第一に考えています。



福祉の仕事も、利他的な行為です。
しかし、利他的と自己犠牲的を混同している人が世の中に多いために、報われない仕事となっています。

「お金ではなく心意気で」と、仕事なのにまるでボランティアかのように思われていたり、
「福祉といっているくせに高い給料をもらってけしからん」そんなモラハラまであります。

福祉職の給料が上がらない背景には、そんな自己犠牲と利他の混同が理由のひとつあるのだという気がします。


補足しておくと、ボランティアだって自己犠牲ですべきものではないですよ。
しかし、ボランティアを自己犠牲だと考えている人がいて、しかもそれをする側ではなく、してもらう側にいたりすると、これはもうひどいものになります。
すでに、東京オリンピックのボランティアなどひどいものになっていますね。





さて、人間の心というのは、必ずバランスを取るようにできています。

自己犠牲をなんの問題もなくずっとし続けられるということは、まずありえないのです。
なかにはそれが可能になっているように見える人もおりますが、その人はどこかで精神的なバランスを取ることができているのでしょう。

自己犠牲をしつづけていくと人はどうなるかといえば、意欲が低下し燃え尽きるか、他者に対して攻撃的だったり意地悪になってしまうことが起こりえます。
コメントにあった助産師さんのケースがまさにそれですね。


これと同じことが、子育てでも起こります。

親が自己犠牲的に家事や子育てをしていくと、知らず知らず誰かに当たりたい心理を形成してしまいます。
それによって夫婦喧嘩が増えたり、子供にイライラがを激しく感じたり、過剰に感情的になって怒ってしまったり。


僕は保育士への研修でも、自己犠牲で保育をしないこと、園全体の空気を自己犠牲を強要するようにならないことを、あの手この手で伝えています。

そこを意識的にやっていかないと、園全体が意地悪になってしまったり、保育の大変さを「子供のせい」「親のせい」と言い続けることになりかねないからです。

それらを続けていくと、保育の中で疎外や感情的な否定の関わり、自尊心を傷つけるような関わりが慢性化した「意地悪保育」になってしまいます。
また、良心的な人は不適切な保育にならないまでも、自身がイライラしていたり、意地悪な気持ちがでてしまうことに自己嫌悪をもって苦しみます。



◆親から子への自己犠牲

現代の子育てで多く見られるのが、「親が自己犠牲をして子に尽くす」タイプのものです。

これを頑張る人が多いのだけど、これはかえって子供のためになりません。
子供はこう考えるからです。


お父さんお母さんは自分のためにいろいろしてくれる
   ↓
でもちっとも楽しそうでない。それどころかなんだか不機嫌だったり怒っているみたい
   ↓
満たされないな~
   ↓
もっと満たして欲しい、だからいろいろ要求しよう
   ↓
親は自己犠牲をして子供に尽くす
(上記がループ、これらが蓄積された結果↓)

   ↓
人と関わるときどう関わればお互いが気持ちよく過ごせるのか、実際の経験で学べなかった
   ↓
要求や困らせること、嫌がることをすることを「対人関係のモデル」として獲得
   ↓
年齢があがりそれがその子の性格的なものの一部となってしまう
   


子育てが親の自己犠牲でなんとかなるのは、子供がごく小さい内だけです。
2歳くらいからそれがしんどくなる人も入れば、もっと大きくなり5~6歳またはそれ以上の年齢になっても子供に対する自己犠牲をし続ける人もいます。
しかし、それで子育ての大変さが解決することはありません。それどころかさらに大変になっていきます。
結果、子供と離れていたい、子供はゲームでもやって静かにしてくれているのがいい、そういった気持ちになってしまう人がとても多くなっています。


「子供の尊重」って、自分が自己犠牲して子供をヨイショすることではないのですね。
子供も一人の人間として考えて、自分がイヤなことはイヤと堂々ということも、むしろ子供の尊重です。


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● COMMENT ●

自己犠牲、意識しないと自分にも他人にも強要してしまうなぁ、とおもいました。「人のために」「自分を我慢して」という考えが身体中に染み付いてしまっています。

子供にとってお母さんが笑顔でいることが1番!だと言われたことがありますが、本当にそうだなぁ、と思いました。
おとーちゃんが矢印を使って説明してくれた図式が分かりやすかったです。
親の自己犠牲で親がしんどくなる、子どもは満たされないという家族の問題だけじゃなくて、子どもが対人関係モデルをそここら学んで上手く人間関係を結べなくなるのが切ないなぁと感じました。子どものために!と自己犠牲をしていたのに、かえって子どもが外の世界で上手く生きられなくなるようになってしまっているので。。

難しいですね

私は、子供に対する時に、自己犠牲とか、考える余裕もありませんでした。
初めての子育て、その当時は何の情報もなく
ただ、目の前の我が子が、今まで出会った誰とも違う存在に思いました。
今の若い人たちに、イヤな事はしないで良いって言うと
赤ちゃんのオムツを変えるのが、臭いからイヤ
何て言う人が出てきそうな気がします。
多様化している現在、全ての人が持っているものさしは違います。
イヤな事と共感できる、そうだねって思える事と
それは、どうかなって思える事があります。
なかなか、難しい問題です

私も好きなエビフライを、欲しそうに見ている子供たちに分けてやる。自己犠牲っちゃ自己犠牲ですが、それで子供が嬉しそうにすると、私も嬉しくなります。自己犠牲なのか利他なのか・・・
そして心のバランスをとるように、子供たちが幼稚園に行っている間に、桃を一人で丸ごといただきます。
レベルの低いコメントでした。


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