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2019-05

しつけは「正義」 - 2019.01.09 Wed

前回からの続き。
この文脈ですから、このタイトルはしつけが「正しい」という意味ではありません。
「しつけ」は「正義」になってしまう。「正義」だから怖いのです。





「しつけ」と呼ばれる子育てメソッドは、子供を育てることそのものよりも、むしろ規範やモラル・それに類するものの方に偏って重点が置かれています。
だから、子供の一時の行動面の姿をまるで大人になってもそうであるかのような拡大解釈をして考えがちになってしまいます。

例えば、

・あいさつ
・人見知り

こういった行動面について、しばしば「いまさせなければ将来子供が困る」といった強迫的な気持ちになってしまい、そこでできない姿に対して強い否定が行われ、さらには「それを大人がさせる」という支配的な関わりが生まれます。

このモデルはある意味「しつけ」の類型といえるでしょう。



ある年配の保育士が、2歳の子が靴を自分ではかないからとガミガミ怒っています。その保育士が言うには、「今やらせなければこの子は一生できなくなってしまう」と口にします。

ここに見られるのも、しつけがモラリティと一体化しており、なんらかの規範という型に子供を押し込むことが子育ての目的になってしまうことです。

ちなみに、実際のこの子が靴をはかなかった理由は、普段からいつも小言や注意ばかりで、自分を支配しようとしていること感じ取っていたためにその人の要求は聞きたくないという姿でした。それがために、他の支配や過干渉をしない保育士が見ているときや、その保育士がいても自分に要求を向けていないときはすんなりとやっています。


また、ある乳房マッサージの先生は、2歳になるのに断乳していない子の親に対して「早く断乳させなければこのままでは将来性犯罪を起こすようになってしまう」といった言葉を向けていました。

ここにあるのも「子供を○○にする」という、いわゆる「しつけ」を、将来犯罪者にしないためというモラルと直結させています。
もちろん、この言葉はなんの根拠もないことです。

しかし、こういったまったくなんの根拠もない言葉も、元々子育ての不安を持っている人にとっては強い脅しとなってしまい、より強迫的な子育てが行われてしまいます。
子育てにまつわる業界では、悪意あるもの、ないもの含めて、こういった不安な状態にある人の不安をより刺激したり、脅したりすることで、自分に依存させようというものがたくさんあります。
それは不当なお金儲けにつながっているものもあれば、単に不安な気持ちを持つ他者を自分に依存させることで自己承認に利用する人もおります。どちらにしても他者を搾取(金銭的or精神的、または両方)するので害悪です。



さて、話を戻しましょう。

「しつけ」は子供の成長そのものではなく、子供のいま現在の成長や、本当の意味での長期的な成長とは関係の無いモラリティに寄っている傾向があります。

モラル(規範、型、あるべき姿)が先にありきで子育てが考えられてしまうので、子供をそこにはめ込むことが子育ての目的化してしまいます。

そうなってしまうと、そこで求めていることは「絶対正しい」つまり「正義」になってしまうので、大人の行為は子育てに適切なものでなくなることに歯止めがかからなくなりかねません。もちろん、歯止めがかけられる人もいることでしょう。でも、大人も人間である以上、感情に流されることがないとも言えません。


子育てにはイライラポイントがあります。
人にも寄りますが、特に顕著なところは、

・食事関連(食べ方、箸使い、食べ物の扱い、残食、偏食)
・友達とのやりとり(モノの貸し借り、ケンカ)
・かたづけなどの身仕舞い
・公共のマナー

こういったイライラポイントでは、歯止めをかけることが難しくなる人も少なくないでしょう。
なぜイライラポイントになってしまうかと言えば、おそらくはすでに自分たちがそれを強い規範として求められてきてしまっているからです。
おそらくそれは子供時代だけでなく、今現在も進行形で大人も「しつけ」を無意識のうちに求められ、また他者にも求めて生きています。

自分が求められて、さらには守らされているので、子供にもそれを求めずにはいられない心理になってしまいます。




「しつけ」のやり方をしても子育てができないわけではありません。
しかし、結果として不適切な関わりを生むリスクはあがることでしょう。

なぜなら、子育てとモラルハラスメントの境目がなくなるからです。

かつて、子供に箸使いを習得させるのに、うまく持てていないと子供の手を叩くといったことがしばしば聞かれました。以前、コメントでいただいたところではそのとき針でつつかれるというものまでありました。


ここにあるのも、子育てと規範が一体化している「しつけ」がもたらす強迫的な子育ての姿です。

叩かなければ箸を正しく使えるようにならないか?
答えはさほど難しくないでしょう。「そんなことはない」と冷静な立場にいられる人は思えるはずです。

しかし、子供が「モラルに悖った(もとった)人間になるかどうかの瀬戸際だ」といった強迫的な心境に置かれているその子育て当事者にとっては、そういった冷静な答えを出す余裕はなくなってしまいます。
ましてや、身近な家族や、保育士や教員、先ほどの乳房マッサージの先生のような子育ての専門家と目される人がそれらの状態に目を光らせている状況ではなおのこと難しいです。

すると、悪意はなくとも、子育てとして子供を強く否定したり、その過程で自尊心を傷つける行為が「しつけ=正義」として正当化され積み重ねられてしまいかねません。

(ここでは余談ですが、ちなみにいま箸使いを教えるために叩かなくなった代わりに、箸を持ちやすくする補助具が出現しています。
これは、子供の成長という観点から言えば意味は0です。
叩いて教えるほどではなくなったけれども、「しつけ」が求める規範としては残っていて、それを大人の視点からの見た目として達成・満足させるために存在しているといっていいでしょう。
ある意味では、これも「しつけ」が子供の成長そのものとは乖離(かいり)していることの象徴と言えます)




子供の自尊心を傷つける行為の最たるものに、叩くこと・体罰があります。

子供を叩くことがなぜ良くないか?
その理由はいくつかありますが、そのひとつは、
それは短期的には大人の望む姿を出すことはできるかもしれませんが、同時に自尊心をがりがりと削っていくからです。

自尊心を削られてしまうと、子供は適切な心の成長ができなくなってしまいます。
短期的な大人の持つ強迫観念をなだめるために、子供の成長を奪ってしまうとしたら、いったいなんのために子育てしているのかわからないですよね。

叩くことに限らず、「しつけ」は、規範に当てはめるために否定と干渉を行い、子供の自尊心、その他の心の成長を阻害するリスクを持っていると言えます。
(「しつけ」行為をしても、そうなってしまう人もいるし、そうならない人もいるので「リスク」という表現をしています)



・他者と比べる(あるがままの存在の否定)

・閉じ込める、ベランダに出すなどの疎外行為(存在の拒否)

・ご飯抜き、「○○してあげない」といった支配行為(自分の意見や思い自体が許されないという存在否定になっている)


これらも自尊心を傷つける行為となりかねません。
繰り返しますが、必ずしも絶対にそうなるとは限らないので「なりかねない」と表現しています。


こういった行為は、なんの疑問もなく子育てで使われてしまっています。
これらを会社で大人がされたとしたら、ハラスメントになります。

「○○したい?じゃあ出世はできませんね」
「○○したい?あなたはやる気がないのですね」

この○○の部分は、育休をとるでも、親の介護でも、転勤の拒否など、自分の意思・希望を入れます。


これがつらいのは、さまざまな状況を含んである自分という存在を否定されているからです。

「野菜も食べないとデザートあげないよ」
「○○しないと、△△に連れて行ってあげないよ」
「○○してたら、連れて帰るぞ」

これらは上記の大人がされるモラハラとまったく同じ構造です。

日本の社会でいじめやモラハラが多いのは、幼少期から「しつけ」行為としてモラハラを慢性的にされることと関連性があるのではないかと僕は疑っています。



「しつけ」は、

適切な関わりの範囲 ⇆ ハラスメントっぽい行為 ⇆ ハラスメントそのもの

が境目無く連続しています。


これまでの時代は、

「子供は大事よね」
「子供はかわいいわよね」
「子育ては愛情が大事よね」
「お母さんって素晴らしいわ」
「子育てするお父さんって素敵」

「子供を叱るのはよくない」
「怒るではなく叱りましょう」
「子供はほめて育てましょう」


といった感情論や補助的なメソッドで、このしつけの子育てが、適切な子育ての範囲に留まるようにしていたわけですが、もうそれもムリな時代に来ています。


僕が自著のタイトルで「叱らない子育て」ではなく、「叱らなくていい子育て」としているのは、前者が子供の上手なコントロール(スマートな支配)するテクニックとすでになかば解釈されていることに対して、叱ることが必然になってしまう子育ての枠組み自体を変えることを目的としているからです。


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● COMMENT ●

むつかしい

折に触れ、読ませていただいています。
読んでいて本当にいつも頷いてしまいます。私がされた子育てがまさにそうだからです。
そして、今でさえ、娘の両祖父母は同じような事をします。
いい子にしてないとプリキュアになれないよ。
と冗談ぽくですが、、
平気でいいます。
いい子って大人にとって都合のいい子なんじゃないかと思います。

かくいう私も、ボール投げの苦手な娘を、うまくしようと必死になり、嫌がる娘に、苦手な事もやってみなきゃダメ。大きくなったら嫌でもやらなきゃいけない事あるんだから!!
と押し付けてしまう事があります。
子どもの為と言いながら、思い通りにしたい気持ちが、、どこかにあります。

好きな事だけやらせていればいいのでしょうか?!
苦手な事や嫌がる事も、試した方がいいのか?よく分からなくなっています。
子育てって本当に難しいです。

子供から質問されました

ちょうど昨日、「学校で友達がよく『モラハラ』って言うんだけど、何?」と聞かれ、「大人が子供に『言う事きかないと、お菓子買ってあげないよ』って言うでしょ?あんな感じ」と答えると、子供は「あ~、よくおばあちゃんが言うやつね」と言っていました。
モラハラは説明しやすかったのですが、次は「『しつけ』って何?友達が先生に『しつけが悪い』って言われてたよ」と聞かれ、恥ずかしながら、こちらは答えられませんでした。私自身も子供に社会的規範は身に着けてほしいという思いがありますし、かといって昔ながらのやり方で身に着けてほしいわけでもない、『しつけ』ってなんだろうと考えてしまいました。
幼児のころから『しつけ』られていることを周りに求められる世の中。
集団行動が苦手なわが子を育てていると、本人比では頑張っているとわかっていても、息苦しさを感じることが多いです。

Re: 子供から質問されました

「しつけ」というのは、わかりにくい概念ですよね。
英語で考えてみると、実は複合的な概念であることがわかります。

文中で「身仕舞い」と書いたこと、これが狭義の「しつけ」です。
英語だとBehaviorがそれにあたるでしょう。礼儀作法や、箸使い、あいさつ、片付けといったこと。

そして「しつける」という行為の方が、Disciplineです。
このDisciplineには懲罰といった意味までが含まれており、しつけのリスキーな側面です。

それから、Trainingという概念も含まれています。

これらが複合して、なおかつそれらの境目がとてもあいまいになって流通している言葉なので、なかなか説明が難しくなっていると思います。

ですので、僕はとくに支配・否定になってしまう側面を「しつけ行為」と表現しています。

そういった複雑なものを含み、さらには日本の文化的に考えられ時代を経て一般に流通してふくれあがってどこか混沌としたところを含めて「しつけ」と括弧付けで書いています。

ありがとうございます

おとーちゃん、詳しく説明してくださってありがとうございます。
おとーちゃんの説明を読んで、私が『しつけ』という言葉に「できるようになるまで叩いたりしてでも教え込む」ような否定的なイメージを持っていることに気づかされました。そして子供に私と同じ概念を植え付けたくなくて、うまく説明できなかったのかもしれません。
子供を育てている間、『しつけ』について考え続けることになりそうです。

ご飯食べてからデザートだよ!
いけないと知りつつ、つい子供に言ってしまいます…
対処法が分からないのです。
デザートはご飯を食べてからにして欲しいな。お母さんはもう少しご飯食べて欲しい。
デザートを先に食べたら困ります。
どんな言葉掛けをしても聞けない場合はもうあげちゃうのが正解なんでしょうか?
バカな質問ですみません(^_^;)

0才3才5才男子の母です。第一子0才の時にのときに保育士おとーちゃんのブログに出会い、書籍も読み、答のない子育てを保育士おとーちゃんに支えてもらっています。感謝です。
「野菜も食べないとデザートあげないよ」・・・、これ良くやってしまいます。でも、ご飯は残さず食べてほしい。どうやったら、良いのでしょうか。「全部食べたらデザート食べようね」という言い方でも、優しい支配でしょうか?本当に嫌いなものは無理強いはせず、食べないでもオッケーとしています。ちょっと頑張れば食べれる食物は、デザートで釣ると本人も喜んでるし~と悪気なくやってしまっていました。


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楽しく無理のない子育てを広めたいと2009年ブログ開設。多くの方の応援があって著作の出版や講演活動をするようになりました。 現在は、子育て講演や保育士セミナーの他、『たまひよ』や『AERA with Baby 』等の子育て雑誌の監修やコラム執筆。『ジョブデポ保育士』の監修や育児相談などをいたしております。

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