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2019-05

体罰は続くよどこまでも - 2019.01.10 Thu

前回の記事では、しつけ行為が自尊心を傷つけるものを含んでいること。その最たるものとして体罰があることに触れました。

体罰と自尊心には密接な関係があります。

体罰はされればされるほど、体罰を肯定するようになる心理が生まれることにも、この自尊心が関わっています。




自身が体罰を過去に受けたことによって、体罰を否定的に感じるようになる人もいます。
しかし、一方で自身が体罰を受けたにも関わらず、体罰を肯定する、もしくは自身もそれをするようになる人もいます。

ここには、人間の心の不思議なメカニズムがあります。


通常、体罰をされるとされた人は自尊心が傷つきます。

人間の心は、傷つくとそこを修復しようとしたり、その傷が広がらないようにしようとします。

体罰を受けた際に、それをした人を否定できれば、比較的この傷をカバーする心は満たされやすいです。
この場合「あの人は間違っている、体罰はよくない」という理解に整合性が持てます。


しかし、その相手に対して強い信頼を持っており、その行為や存在を否定しにくい場合もあります。親や信頼する大人から体罰を振るわれるとき、子供はこの状態になります。

・親(教員や指導者など信頼する大人)は否定できない
・でも、体罰をされたことによる自尊心の痛みはいかんともしがたい

このジレンマの状態になったとき、心は事実を改変して思い込むことを選びます。
それにより、自尊心のダメージを最小限に抑えようとするのです。

それはこういうものになります。


・親(信頼する大人)は否定できない
・でも、体罰をされたことによる自尊心の痛みはいかんともしがたい
         ↓
・自分が叩かれたのは、自分に悪いところがあったからなのだ。親は自分のことを思ってやってくれている。体罰はいいこと(必要なこと)なのだ。


このように、自分の心に都合のいいように正常化する無意識の働きです。
体罰による自尊心の傷を、「体罰が必要だった」と自分に言い聞かせることで解消しようとします。
こうして、体罰を受けた人の一部は体罰肯定論者となっていきます。
これがホモソーシャル(男性的社会)の持つ文化と相まって、今日でも続いています。


ここで形成されるものは、体罰を肯定する思考の他に次のものももたらす場合があります。

・悪い自己イメージとしての自己認識の固定化
・自罰感情

不良ものの物語などでしばしば出てくる、「どうせ俺なんか」というセリフはこのふたつが端的に表れたものといえるでしょう。

「自分は悪い存在である。だから自分は不遇な状態で(罰せられて)当然だ」

こういったメンタルの獲得とそれによるこの人格形成は、反社会的行動(犯罪やモラルに反すること)へと駆り立てる傾向を強くします。
これらが子供の人格形成にプラスかそうでないかは、言うまでもないことでしょう。


いい歳をした大人でも、いまだに体罰は必要悪だなどと言う人がいます。
教員や学童の指導員などにもおります。
そういった人たちは、このような心の傷を適切に修復できず、正常化バイアスを使うことでなんとかしのいでいる内に大人になってしまった人です。カウンセリングや認知行動療法などを経て、心の傷を癒やしてもらいたいものです。責任を持って預かる子供を虐げることで自分の心を満たそうとする前に。


このような傷を持った人は、体罰肯定の同調者を増やそうとします。
同調してもらうことで、「自分がされた体罰は間違っていなかった」と自分を納得させたいからです。
そうすれば、自分が自尊心を深く傷つけられたことを直視しないで済みます。でもいくら覆い隠してもその傷はうずきます。それほどに体罰が子供に与える自尊心の傷は大きいです。
だから同調者を増やすことで、または自分が体罰をすることで自分に正しいと思い込ませ、やり過ごし、その傷に向き合って解決することを回避します。

解決しようとするのではなく回避してしまうここには、心の弱さがあります。しかし、その人が心が弱くなってしまうのは仕方がありません。なぜなら、体罰という深く自尊心を傷つけられること、深く自己を否定されることを積み重ねられたために、本質的な自己肯定ができないからです。


内面的に自己肯定ができないからこそ、外部に自己肯定できるものをくっつけずにはいられません。ここもホモソーシャルと相性がぴったりです。
腕っ節の強さや、上下の支配関係、他者へのマウンティング、お金、地位、勝負事における勝ち負け。
だから、かつての運動部の指導者など体罰論者が多かったわけです。残念なことにいまだになくなったとは言えませんが・・・。

一見、強がったり、見栄っ張りだったり、いきがったりしている男性が、しばしば本質的な心の弱さを持っていることと、こういった幼少期からの体験が無関係ではないのはそういうことなのです。


そうして、体罰はマッチポンプになります。
体罰はすればするほど、体罰を肯定する人が増えてしまうのです。

だから、「いい体罰と悪い体罰がある」といった部分肯定論を垂れ流すことは害悪になります。それを言う人たちも、自分の自尊心を守るためにそういった思考になってしまっているわけです。
これからの時代は、体罰にはきっぱりとNOと言う必要があります。

さて、一旦記事はここまでなのだけど、このままで終わると我が子をやむにやまれず叩いてしまった人が読んだ場合、自分が責められたと感じてしまう方もいるかもしれないので、別記事で補足を入れます。



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● COMMENT ●

自罰感情について

この記事を読んで、体罰の多かった時代を過ごした自分が、どのような心の道のりを辿ってきたのか思い返してみました。

私の小学校時代は、小学校の担任も塾の講師も当たり前のように体罰を振るってきました。
特に中学受験を目指す塾の状況はひどく、毎日のように連帯責任といっては棒で頭を叩かれていました。
親も、しょうがない、と受け流すような時代だったと思います。

私は幼少期から、大人からすれば「可愛げのない子」でした。
先生の胸に笑顔で飛び込んでいくようなことは出来ず、いつも距離を置いて眺めていました。
先生の言うことは絶対、と思ったことも正直ありません。

なので、体罰を受けた時も「この人、嫌なことするな」くらいの不快感でした。
信頼が裏切られた結果の動揺、自罰感情は、一度も芽生えなかったように思います。

信頼を置いていた母親からはたった一度、あまりにも泣き止まない私に向かって「泣き止まなければお母さんは死んじゃうよ」と首を絞める真似をされたことがあります。
母にとっては苦肉の策だったんだと思いますが、しかしこのたった一度のことを、私はその後ずっとよく覚えていて、つくづく子供の記憶力や胸の傷は軽視できないなと思わされます。
(ちなみにこの経験は、反抗期に母へ思い切りぶつけさせてもらいました。母は覚えておらずイライラしましたが、ぶつけたこと、その後長い年月が経ったことで母も弱かったんだと気づき、すっかり消化できています。)

なぜこのように思い出す必要があったかというと、今5歳の娘も私に似たところがあって、大人の胸に飛び込んでいかないタイプなのです。
先生が好きだけど、「子供らしく」振る舞わないところがあります。
なので困っていることを自分から発信するのが苦手で、今は登園に少し苦労しています。

可愛げが出せないと大変だぞ、とハラハラ見ていたのですが、この「容易に全幅の信頼を他の大人に寄せない慎重さ」が、将来自分の心を守る強さに変わるのかも、と思い、少し見方が変わりました。
子供の姿って、今見えているものが全てではないのかなと、そんなことを考えさせられました。


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