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2019-05

支配と保育 vol.1 - 2019.02.20 Wed

節分の頃、保育士が子供を脅して泣きわめく子に迫ったり、子供を抱えて振り回す不適切動画がでまわって問題視されていました。
また、保育士のコミュニティでも、単に行事として以上に子供を脅しそれを面白がったり、保育として正当化する保育士の存在に対して多数の疑問や違和感の声があがっていました。


さらに、いまニュースになっている福岡市の「あかつき保育園」でも、「仕切り部屋」と称するところに言うことを聞かない子に怖がらせるお面をかぶせて閉じ込めるということを、保育の中でしていたことが明らかになっています。
(報道では一部保育士がしたというように言われていますが、このような部屋が園内にある時点で園長・施設運営者の関与がないということはありえません。その保育者達は間違っていますが、同時に適切な保育を身につけさせてもらえなかったかわいそうな人たちであるとも言えます)

同様の脅すためや閉じ込めるための部屋については、コメントでもあったように多数耳にします。


これらははっきりと保育と言えるものではないと断言できます。
どんな理由があれそれは正当化できるものではありません。そうしないと保育ができないという言い訳をするのであれば、ならば「保育などやめてしまえ」と言い返します。

こんなことを保育と言っていたら、保育士の専門性を社会に認めてもらうことなど到底できないし、従って保育士の給与も上がらないのも当然です。



実は、保育をする上で大切なことは、「子供を支配しないこと」なのです。
しかしながら、それを実行するためのメソッドがないために、一般に流布する「支配の子育て」がそのまま「支配の保育」となっているところが少なくないのが現実です。


立派な保育について語るものは山ほどあります。
しかし、「支配しないこと」というテーマで論じているものはほとんどありません。
どんなに、立派な保育を身につけようとも、その人のメンタルが他者を支配することを求めていたら、その身につけたものは本当の意味で活かされることはありません。

実は、支配におちいらない視点の確保が保育をする上では必要なのです。
そこで、ここではそういった保育する側の心理について考えていきます。。



◆僕と牛乳パック  認知のゆがみの話

ひとつ具体的な話をして、人間の心のメカニズムについて知っておいてもらいたいと思います。

うちでは主に食器等の洗い物の分担が妻なので、空いた牛乳パックをゆすいで水を切るために、シンクの蛇口の隣に逆さにして立てておくことがあります。
逆さにした牛乳パックは不安定なので、しばしば僕が水道を使うときちょっと触れただけで倒れて落ちてしまいます。

そのとき、僕の心は瞬間的に妻に対して「もう、こんなところに置いて!」という責める気持ちがわき上がってきます。

ここに人間の心のクセがあります。
人の心は、無意識に自分を守ろうとする機能があります。
それが、ここでは「自己正当化」として出てきます。

客観的に考えてみれば、ここで妻は少しも悪くありません。牛乳パックを立てておいていたことが問題なのではなく、それにぶつけて落としたのは僕です。
100%自分の問題としてあるのに、心はそのようにとらえず「自分以外の誰かが悪い」と解釈しようとしています。

僕はそのようにしませんが、もしこの心の動きのまま、妻を悪者だと意識的にも断じてしまったとしたら・・・・・・。
そこには、「認知のゆがみ」があると言えます。
自分の行動の問題なのに、無意識に他者に責任を転嫁しています。

これを理由に妻を攻撃したりすれば、それはモラハラになります。
自分中心のルールを作り、他者にそれを守るように強要していきます。
そのモラハラの中では、他者支配が正当化されてしまいます。

「おい、なんでここに置きっ放しにするんだ。いつもここにおくな、きちんとしろと言っているだろ。何度言わせればいいんだ。これくらいのこともできないからお前はだめなんだ。そんなお前にこういう言いたくもないことをいってやるのは自分くらいなものだ。感謝しろよ」

こういったことが、モラハラの典型的な関わり方です。



◆他者支配の連鎖

さて、なぜこのことをわざわざ保育の話題で出したかというと、保育の中でもこれと同じことが起きるからです。

保育では、「自分が悪くない、他者が悪い」という認知のゆがみをもち仕事をし続けられてしまいます。
この他者のところは、たいていの場合「子供」「親」が入ります。

保育の仕方や、園のあり方、方針に問題があったとしても、それを自分たちの問題と認識することなく子供が悪い、親が悪いという認知のゆがみで自己正当化し続けてしまいます。

この心理状態にある人間は、その問題行動の指摘があってもそれを真摯に受け止めることは困難を極めます。
それを認めてしまうと、「自分が悪い」という認識を許すことになってしまうからです。
ですので、そういった不適切保育は「施設の体質」となり、改善の困難さを持ちます。



ここの自分の問題を直視できない背景にあるものはなにか?
いろいろ考えられますが「自己肯定や自己承認の渇望」が挙げられます。

自己肯定や自己承認を手っ取り早く満たすには、他者を支配するのが近道なのです。
だから、支配者になりたい人は、強さを持っていると言うよりも、逆に弱さを抱えているのが真実です。

ここに見えてくるのは、支配的関わりを好む人ほど自己肯定や自己承認が弱いというものです。


なぜ、そうなっているか?
その理由も広く考えられますが、大きなところではその人自身も、こうでありなさいと身近な信頼する人から求められてきたことです。つまり、その人自身も支配の関わりを積み重ねられたことが、無意識、無自覚に支配の関わりを子供にしてしまう連鎖を生んでいます。


つまり、「子供である自分を尊重されなかった大人」の問題が隠れています。

「子供である自分」とはなにか?

・できない存在
・失敗する存在
・未熟な存在
・不安定な存在


これが子供の本質です。

ですが、日本の子育ての既存の概念ではこれらの子供の本質の状態を受け入れることができず、「できない状態の否定」が必然的に起こります。

「ちゃんと、きちんと、しっかり」の子育てです。



◆支配と自己肯定、承認欲求

子供を自分の望む、「ちゃんと、きちんと、しっかり」の枠に当てはめることで、大人は満足を得られます。

「ちゃんと、きちんと、しっかり」を求める施設、保育者は、そこから逸脱する子をなかなか許容できません。

はなっから否定する人もいるし、うわべは尊重しているように見せてその実、心理的には許容できないということもあります。
どんなに他者に優しい人であってすら、「ちゃんと、きちんと、しっかりの型」という心のバイアスを持ってしまうと、そこに適合しない子を心理的に許容できない気持ちを持つことを避けられません。

このことは、全ての子に対してそうなのですが、特に発達上の個性や障がいを持つ子に対して顕著に表れます。


◆保育における自己承認

保育として仕事で子供に関わる立場の人は、子供を「ちゃんと、きちんと、しっかり」させることにより、自己肯定、自己承認がしやすくなります。

しかし、「いい子、できる子」だけを見ればいい立場ならまだしも、現実にはそうはなりません。すると、保育士の自我の暴走が始まってしまいます。
それが、自己肯定、自己承認のために子供を支配する保育です。

さきほど、こういった保育は容易に変わらないと述べました。
その人達に、そういった保育や自分に対する客観的な視点があれば、変えることは不可能ではありません。

適切なところに自己肯定、自己承認できる仕事の方法、つまり専門性を身につけることで、この支配から、適切な専門的関わりへと「自己承認の付け替え」が可能です。


これまでの日本の保育界は、保育士の自己承認の問題を軽視していました。
軽視していたというよりも否定していたというのが現実でしょう。
それが以前の記事でも書いたように、「福祉の精神」「奉仕の精神」「愛情を持って」などの精神論を主柱にしてきた、自己犠牲的保育のあり方です


自己承認がいけないのではないのです。僕は保育士が、その仕事において承認欲求を満たしたいという気持ちを否定しません。
これまでの保育界が、保育士が自己承認したい気持ちをないことにしてきたがゆえに、かえってゆがんだ自己承認を大きくしてしまいました。
問題なのは、「自己承認のために子供を搾取(子供に負担をかける)する状態」になってしまうことです。

だから、僕は「保育の力」を理解し身につけ、それの実践を適切にアピールすることが必要だと考えています。



◆逆の全能感

自分の担当する責任のある子達が、自分の思い通りになっている状態。
ここには、それをする人の満足感があります。
子供を思い通りにできているという「全能感」です。

この全能感は大変心地よいものです。
支配者の快感と言い換えてもいいでしょう。


しかし、この心を自ままにしてしまうと、逆のことが起こります。
それは、思い通りにならない子に対する、強い否定の感覚です。

子供を支配し、君臨してそこに満足や自己承認を得るようになると、そこから逸脱する子を、自分の感情ゆえに否定することになります。

保育の中で、オニの部屋などを作りそこで言うことを聞かない子を閉じ込めるような行動をしてしまっている人は、そういった人の心理の落とし穴に落ちてしまっていると言えます。

体罰を肯定する大人も、この心理を持っていると言っていいでしょう。


続く。

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● COMMENT ●

元保育士です

幼稚園などでよくある、マーチング演奏。
私はこれが大嫌いです。可愛らしい幼児さん達がするべき音楽的表現ではないし、感動もしない。鬼のような顔をした先生からガミガミ言われ練習に耐えてきたのだろうなぁとしか思えません…。

心の強さが必要なんですね!!

上の子の落ち着きのなさについて

この間5歳になった上の子について、発達障害の可能性を考えています。

先日保育参加したあとの面談で、1年以上前から感じていた上の子についての多動とか落ち着きのなさ、社会性の低さについて相談しました。すると、確かに姿勢の崩れや、年齢に比べて自分の欲求の主張が強い点などはあるということでした(じっと座っているのはとても苦手で、すぐにぐにゃぐにゃして床にごろんとしたり立って何かいじりだしますが、話はよく頭に入って覚えているとのことです)。
発達障害の可能性についてはなんとも言われませんでしたが、お母さんが心配ならと、ぜひ専門家に相談することを勧められました。何でもなければ安心できるし、何か配慮が必要なら早く分かるに越したことはないしと。
少しショックでしたが、そのあと、ADHDだとしてもグレーだとしても、こういう個性の子なんだったら私の接し方のせいではないんだなーとなんだかホッとしました。今まで、お友達の家や外出先で、落ち着きがなくちょろちょろする我が子をどこまで注意したものか、見守っていていいものか(子供向けイベントだからちょろちょろしててもいいかと放っておいたら、私がよそのお父さんに怒鳴られたこともあります。。)、迷いがありました。私の育て方や接し方のせいなのか、という懸念もありました。
保育園で相談するまでは、発達障害の可能性を考えるなんて、母としてひどいんじゃないかという罪悪感もありましたが、今はそういう特性ならしょうがない!怒る必要もないんだ!と開き直れて、おおらかに子供と接することができるようになりました(^^)

今回の記事からは少しずれてしまいましたが、自分の中の、そして世の中のこうあるべきという規範はとても強いので難しいですね。。
その規範を緩めてもいい理由をもらった感じです。
ちなみに、面談では最近成長しているもころもたくさん教えてもらいました!良い保育園で良かったです。

まずは5歳児健診で相談してみようと思います。

すごく頷いてブログを読みました。
本当にそうだなと思いました。
私自身保育士として働いています。
未満児ですが給食の時、
1人の子どもの食べ方に対してすごく気になってしまう先生がいます。
『ひじ!!』『お皿をもつ!!』『次はご飯も食べて』『なんでそんなにごぼすの』
もう次から次へと言葉が出る先生。しかも1人の食べ方が気になる子に対して!
給食の時間もたっぷりあるのに
急かして食べさせているようにみえます
先生の焦りも感じます
給食はみんな必ず完食させます。
残すことは許されません。その先生の考えにより
その先生は子どものことを思ってやっているようです!こんなに私はしてあげているのにどうしてこの子は全然変わらないかな
響かないかなと
見ていてしんどいです。
でも、先生は子どもに一生懸命直してあげることが子どものためと思っているのです。
私のやり方ではぬるいようで、私が子ども隣について見守っていると横から口だしされます。
その先生は
食べ方に対して注意しない私に対しても怒りがあると思います

生活の中でも
見守ることは少なく干渉的だったり
子どものネガティブな姿を見つけ
可愛がることより、注意することが多いです
頑張らせることが大好きです
でも、誰よりも熱く一生懸命子どもに向き合っているのです。
保育士じゃなく、コーチの仕事についたら本当に素晴らしいと思います
子どもには辛いだろうと思います

保育士おとーちゃんの考えが一般的になっていったら、、沢山気づけることがあると思います!!どうにか沢山の間違いが気づいてくれないか
保育が見直される日が早くくきて
困っている子がいなくなるといいです。

生まれ育った街で育児をしています。
私は地元では厳しい・しっかり躾がされる等と有名な幼稚園に通っていましたが、本当にいい思い出がありません。
お遊戯会だの、演奏だの、イベントの練習だらけ。出来ないと酷く怒られたり叩かれたりするので必死に練習しました。
給食のお弁当はすべて食べきれるまで遊んではいけなかったので、皆が遊んでいるのを横目に半べそかきながら食べていました。
おかげさまで小学校に上がる頃には何でも食べられる子供になりましたが。
傍目からは『あそこの幼稚園の子供たちはすごい』と見えたかもしれませんが、私は困った時に「困っている」と言えない子供でした。遠足の時、お弁当の袋の紐が固くてどうしても開けられなくて困っているのに、先生に怒られるんじゃないかと、いつまでもお弁当を開けられななかった悲しい記憶があります。
何十年経った今でもその幼稚園の方針は全く変わっておらず、そして根強い人気の幼稚園です。
娘の幼稚園選びの時に見学に行きましたが、園児たちが何でも完璧にこなしている姿を見て、昔の自分がフラッシュバックして悲しい気持ちになりました。
私の娘は「遊びが大事」という、方針が全く対照的な幼稚園に、去年春から入園しました。
人見知りが強い娘なので、大丈夫だろうかと心配しましたが、先生が大好きで毎日どろんこになって帰ってきます。
給食は、先生がその子によってよそる量を変えてくれるそうです。
娘は食べられない時は「もう食べられません!」と大きな声で言えるようになったそうです。
幼少期の私よりずっとずっと大切な事が出来ていると思います。
こういう幼稚園に入れられてよかったと心から思います。
でも、うちの地元では娘の通っている様な幼稚園は「特殊」で、周りのほとんどの幼稚園はお勉強やイベントが中心の『○○が出来るようになる』といった方針でやはりそちらの方が人気があります。
そういう方針は考え方それぞれだしいいのですが、出来ないからといって酷く怒られたり叩かれたりする事は本当に悲しい事だと思います。幼少期の頃の私のように、「困っているのに先生が怖くて言えない」なんて、そんな悲しい子供が少しでも減って欲しいと思いました。

>子供を自分の望む、「ちゃんと、きちんと、しっかり」の枠に当てはめることで、大人は満足を得られます。

この言葉グサリをきます!
私のちょっと前の育児、枠に当てはめてたなあ~
支配と大人の満足にも書かれてましたが、子供の為といいながら大人が安心した、周りから良くしつけのできている子供と思われたい!大人の都合ですよね。

私も色々悩みおとーちゃんのブログにたどりつき、自分の育児を考えなおしています。
子供には無理、できないと決めつけるのではなくなるべく子供の自主性にまかせてみようと。。。。
朝も、『急いで食べて』、『早く着替えて』、『早く、早く』が口癖でしたが今は『何時になったら出かけるよ、それまでに済ませてね』とだけ言ってあとは何もいいません。
ボーっとご飯食べてたり、着替えももたもたしてますが、ちゃんと決められた時間には準備できるんですよ子供って。毎日「ママの準備の方が遅い!」と怒られてます(笑)
でも、途中何度も『もう食べたの?』『着替えは?』と言いたくなるんですよ!ぐっと我慢してほたってます。

子供の通っている保育園はとても良い保育をしてくれてます。
やぱっりちょっと変わった保育園とみられてますが、泥あそび、散歩等々先生がたも泥だらけになって遊んでくれます。
食事だって年中以降は自分で食べれるだけよそって食べるそうです
本当に頭があがりません、本当に保育が好きなんだなと思う先生ばかりです。
何よりこんなに大変な保育なのに先生の入れ替わりがほとんど無いことが保育が好きな先生ばかりなのかなと感じています。
食事だって年中以降は自分で食べれるだけよそって食べるそうです。

今朝のニュースを見てこんなやり方でしか保育ができない先生がいるんだなととても悲しく思いました。
立派で素敵な先生もたくさんいるのに。。。

支配と被支配

相手を変えたいと思うことから始まり、相手を意のままにする全能感を得たいという欲が、配偶者に向かえばモラハラ、子供から子供に向かえば、いじめですよね。
養育者から子供に向かうものだけは除外されるなんてことは無いですね。

敬意と共感を持って関わりたいと思っているのに、身についたパターンを変えるのは困難を感じます。

愛情を具体的に形にすると、おとーちゃんのおっしゃる関わりになるんだなと思います。

不完全さを愛せないオトナ

どこまでも不完全で不器用な大人と、そのときどきで完成形の子ども。その認識から外れた保育が目立ちます。

自分の不完全さを認め愛することをきちんと伝えられる大人になりたいなと常日頃から思っています。

育児に対して自己本位になりすぎ。自分が正しいと無意識に思いすぎ。
たまには、「大人だって間違えることはいっぱいあるから、変だなと思ったらちゃんと言ってね?」くらい子どもに対して言えるような、心のゆとりが欲しいものです。

記事ありがとうございます

節分の鬼について質問したものです.記事にしていただいてありがとうございます.

保育士さんの間でも,必要以上に子どもを脅すことやお仕置き部屋に対して疑問の声があがっているのですね.それを伺って,納得・安心しました.やはり,おかしいですよね.おそらくこの地域ではそういったやり方で子育てがなされてきたんだろうと思うのです(私は地元出身ではありません).だから親からは疑問の声がでないし保育士さんもそれが当たり前だと思ってやるのでしょう.明らかに虐待であれば園や自治体に問い合わせるのですが,こういったグレーゾーンに対しては難しいなあと思っていました.ちょうど自治体からの保育に関するアンケートが来たので,不適切と思われることがあるので保育士さんの研修をしてほしいと(おとーちゃんの名前も添えて)書いておきました.

おとーちゃんのところで勉強させていただいて,子どもに対しては「できない存在」を肯定することができるようになってきましたが,逆に大人,特に夫には「なんでできないのだろう」と思うことが増えたように思います.牛乳パックの話を読んでいて,あるある!と膝を打ちました.まだまだですね(笑)


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