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2019-04

自己犠牲より自己実現 - 2019.04.08 Mon

昔の時代劇などを見ていると、病の年老いた父をひとり看病する娘という話がしばしばある。

「いつもすまねえな、オレのせいでお前には苦労かけっぱなしで」
「なにいっているのおとっつぁん。それは言わない約束でしょ」

というまさにステレオタイプのやつ。
ここにあるのは、自己犠牲をして誰かに献身することを美徳とする感覚。
ドラマや小説で描かれる分には、美談で済むのだが現実はそう簡単にいかない。




一方、現代で高福祉国と呼ばれる国の高齢者介護などを見ると、実にカラッとしている。それは自己犠牲を解決策としていないから。
特定の個人で行わざるを得なければ自己犠牲になるしかないところ。それを美徳として誰かを精神的にそこに縛りつけることを答えとせずに、負担になることがわかりきっているのだから、社会で分担していこうという方向に思考を切り替えてきたから。

この自己犠牲による介護の問題は現代の日本でもあって、例えばそのひとつが老人ホームに入所させることを子供の方が申し訳なく負い目に感じてしまうもの。
その人にはその人の生活があり、そこに預けるのもやむを得ないことであるのだが、こういった感覚が預けた後もずっとその人を苦しめてしまう。

「あなたも自己実現。私も自己実現」でいいはずなのだが、日本ではいまだに、

「あなたの自己実現のために、私が自己犠牲」

となりがち。


子育てでもこの「あなたの自己実現のために、私が自己犠牲」が起こるのだが、必ずしもこれがうまくいくものばかりではなく、思わしくない状況を生むこともある。

なぜなら、この「あなたの自己実現のために、私が自己犠牲」にはある種の不健全さがある。


というのも、人間は自己犠牲一辺倒で生きていけるわけではないから。
特に、相手が我が子ともなるとさらに難しくなる。

まず、我が子を相手に自己犠牲のみということはありえないだろう。
それは自然自然と見返りを求めたくなるから。

例えば、子供の大学受験に入れ込む親で考えてみよう。

その親にして見れば、第一には子供の将来のためといった理由がつくだろう。
それに向けて自己犠牲を重ねていくと、その見返りは「子供が私の納得いく学校に受かること」となる。

これが即その親子をなにか難しい状況にしてしまうとは限らないけれども、そこにはある種の不健全さが見て取れる。

それは、その親が「子供を使って自分自身の自己実現をしている」こと。


その結果が子供も万事ハッピーであるならば、結果オーライ。
しかし、本当は他にやりたいことや行きたい学校があったのに、それを親の期待を壊さないために言い出せなかったといったことがあれば、これは不健全。場合によっては病みを生む。


ここにはこういう構造がある。

「自己犠牲は美徳」といった感覚が、いつのまにか「子供を搾取して満足を得るねじれた自己実現」を作り出す構造。


しかもこれは連鎖を生む。
自分自身がそう育てられた人が、我が子にも同じことをしてしまうケースは多い。
時代の変化もあり、それはそう簡単に思い通りにはいかない。
すると、子供は親のそのねじれゆえに苦しむ。

子供は、「親であるあなたの問題と、これまでの関わりゆえに私は病んでいます」とは言わない。
別の形で表現することになる。
そういった子が、不登校になったり、いじめの加害者、被害者になることもある。

そういった状況に当たってその親も苦しんでも、なかなかそこに自分の問題があることは見えない。
「子供の問題」と見えてしまう。

すると、子供は「こんなに苦しみながらあなたのためのSOSを出しているのに、気づいてもらえない」という落胆が重なる。



僕がここで伝えたいのは、「親も自分の人生をまずは生きよう」ということ。
自己実現を目指している親の姿を見て、子供は自分の人生を切り開いていく力をつける。

子供に必要なのは、親にお手伝いをしてもらって立派な人生に近づくことではない。

まずは親自身も自己実現するものを持つ。
これは現代の子育てで、あまり目には見えないのだけどとても重要なことだと思う。

ここでいう自己実現とは、なにも立派なものである必要はない。
仕事などでもいいけれど、もっと些細な趣味とかスタイルとか、余暇の過ごし方とかなんでもいい。自分の好きなものごと、または自己表現など。

子供は親が自己実現をしていると、そこに安心を感じる。
「ああ、私の親は自分の人生を歩んでいるんだな」と。


しかし、実はこの問題は今に始まったものではない。
すでに子の親になっている人の中に、この親に搾取される立場で育ってきてこれまでの人生を積み重ねてきている人も少なくない。
そういった人の中には、「え、自己実現ってなんだろう。この歳まで親の期待に応えることしかしてこなかったので、そんなこと考えたこともなかった」という人もいる。


それらは個々の問題になるのでここでは書き切れないが、少なくとも「子供を使って自己実現をするのはなんだかうまいこといかないらしいな」というのだけでも覚えておいて欲しい。

「あなたも自己実現。私も自己実現」

これがこれからの時代の人のあり方なのだと思う。


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● COMMENT ●

自己実現と不安

「子どもを使った自己実現」の不健康さはその通りだと思います。
もう一つ、「自己実現の代役」の押しつけとまではいかなくても、社会背景やマスコミの影響で不安に駆られ、子どもの習い事や受験に過熱する親はどうなんでしょうか? 「(子どもに)よかれ」と思ってやってしまっている点ではおなじなんでしょうが。精神構造が、若干違ってくるようにも・・・。いずれにしても、親が、子どもに過度のストレスを与えているかどうかが問題になるんでしょうね。

「親も自分の人生を生きる」と言われても、そうしたいな~~という気持ちはあんまりわいてきませんでした。子供に振り回されながらも根本的なところは自分の人生を生きているかも。
春休みなのでほぼ一日中子供のお世話だし、おとっつぁんが病気になって自宅療養ということになってもたぶん施設には入れずに自宅で介護すると思います。
人のタテの繋がりって、順繰り順繰りお世話されたりお世話しつつ世代をつないでいるんじゃないかなぁという思いが自分の考えとしてあるので、「ああ今日も子供のお世話ばかりで何にもできんかった」と思いつつも、まぁそういうものだと納得していて、そういう状況が「犠牲」という意識はないんですよねぇ。
ただ、子供がもっともっと小さくてにっちもさっちもいかなかった頃は誰かにちょっと手伝ってほしかったです。買い物に行く間子供を預かってくれるとか、疲れた時子供の遊び相手をしてくれるバイトとか地域のサポートとかが増えたらいいなとは思います。

いのうえさんのコメントはもっともだと思います。子どもや高齢者を「お世話(ケア)」すること=「自己犠牲」であるわけはありません。個々の価値観(時代や自身の生育環境によって形成)や社会的サポートのあり方によっても、感じ方が違うのでしょうね。世話に携わるすることで、強いフラストレーションや不満を感じている場合、世話をされる子どもや高齢者に対し、支配的な接し方になったり、別の第三者への矛先が向くこともありそうです。保育士とーちゃんの意図は、子育てや介護を「自己犠牲」として受け止めたり、美化するメンタリティへの問題提起なのかなあと・・・。「自己実現」という言葉に付随するイメージのとらえ方にもよりそうです。

刺さりました。

初めて書き込ませていただきます。
今回の記事があまりにも自分の母親に当てはまっていて泣きそうです。
私の家は、兄が自己実現の道具でした。その兄は引きこもりの末に自殺しました。母親が火葬の後に『あんなに大勢の人が来た葬式は初めてだ。やはり私の子育ては間違ってなかった。』と言ったのが忘れられません。息子が自分で死んだのに、あの人は盛大な葬式をあげられて誇りに思っていました…。
今自分が子育てをする立場になりましたが、同じ親でも子供はみんな全然ちがうんです。当たり前のことですが、それを面白いと思いながら育児したいです。兄の力になれなかった分、子ども達の世界だけは守ってあげたいです。とはいえ子どもを使って自己実現しようとする人はきっとみんな無自覚だから、そこも常に気をつけていきたいです。
さいごに、今回の記事を書いてくれて本当にありがとうございます。自分の家庭環境の問題をここまで理解してくれる人がいることがただただ嬉しいです。


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