『ルポ 保育崩壊』(岩波新書) - 2015.07.24 Fri
各方面でこの本が話題になっています。
僕も、東洋大学 高山静子先生のブログで紹介されているのをみて読んでみました。
僕としては、とうとうこのようにかたちとしていま保育がどうなっているのかが、世にでてきたかという気持ちです。
すでにこのブログでは保育が営利化すること、近年のさまざまな保育を取り巻く制度改革で必ず問題の起こること、質の低下が起こりうることなどを以前から述べてきました。
この本では、その実態を詳細な調査の上で述べられています。
ただ、こういったかたちとして出る前から方々で、
「大変な”保活”を乗り越えてようやく保育園に入れたのに、なんだか保育が雑に感じる」とか
「保育士がとても子供に冷たく関わっている」
「しょっちゅう保育士がやめて担任が入れ替わったり、人員が足りないように見えるときがある」
といった話が聞こえていました。
また、保育園での事故のニュースでも、これは慢性的にずさんな保育があったのだろうとわかるものや、園の経営側の事情でいきなり閉園になったり、幼保一元化の内実で多くの齟齬がでていることなどなど、近年の保育を取り巻く変革がもたらしたものの影響はひしひしと感じていました。
この本で述べられていることは、そういった問題点をあげてそれの報告をしているので、もちろん世の保育園が(営利のところも含め)すべてこうではありませんが、これは未来の話やどこか遠いいところの話ではなく、もうすでにあちこにちある現実になっています。
いざ子供をあずけようと保育園に入れたとき、もしかするとそこは安心して子供を預けられない園かもしれないのです。
本来はそういったことがないように、保育に関する予算は保育にのみ使うと法律で決まっていたのに、「保育予算の一般財源化」ということをして、その予算を自由に使えるようになってしまいました。
保育にかかる予算を減らせば、その分で「もっと箱物をつくろう」、「もっと天下り先をつくろう」ということだってできてしまうのです。できてしまうというより、もうやっています。
そのしわ寄せは、働く親たちとなによりも子供たちに来ています。
本書中に、営利保育最大手の企業の話がでています。
他の保育園で社会福祉法人が運営しているところは人件費が総予算の70%以上を占めているのに対して、その企業では42~45%と大きな開きのあるものでした。
この企業は拡大時からずいぶん、企業モデルとして経済界からも注目されており、経済番組などにもよく取り上げられていました。
その中で、グループ内の備品を一括で購入したりすることで、全体のコストを下げているので、質を下げずに運営できるのだといったことを社長自らが言っておりました。
ですがまあ実際は、保育の質など二の次で人件費を極力下げて利益にあてているのですよね。
このあたりのことは当然ながら予測されることでしたが、しかし、保育を取り巻くお金のからくりはそんなものではありませんでした。
ひとつの保育園の設置、運営費用として自治体から与えられたものを、他の保育園の新規開設費用として流用していく。
グループ内に給食や習い事などの委託企業をつくり、そこに発注をしていく。その金額がひとつの保育所だけで年間2700万円にものぼる。
そのようにすれば、保育所からお金を引き出して、その園や子供のために使うのではなく企業の思うがままに使えてしまいます。
こういったことを大きな会社がやり、国もそれを認めてしまっています。
この流れではそれは変わりようがないでしょう。
この著者の小林美希さんはジャーナリストです。よくここまで踏み込んでいったと思います。上のようなことだけでなく、子供を預ける人、保育士として働く人などの問題を多角的に取り上げています。
良書です。保育に携わる方には一読をお勧めします。
近年の保育をめぐる改変の中で子供たちのためにという視点で考えられたものなんて、ほとんどひとつもないんだよね。
ほとんどすべてが結局のところ、「保育にかけるお金をいかに切り崩していくか」というものばかりです。
待機児童解消だって、その気になりさえすればできるんです。
でも、それを最低限のお金しかかけるつもりがないから遅々として進みません。
それこそ「小学校に空きがないので待機しててください」なんて話はないですよね。どんな僻地であっても、きちんとその子供に教育ができるように手配します。ましてや、「そこではコストがかかりすぎるので、その地域にある民間の塾にでも行ってください」とはなりません。そこには赤字か黒字かといった打算はないわけです。
もちろん、教育とは事情が違いますからそこまでとは言わないのだけど、保育はあまりに(保育に限らず近年は福祉全体が)お金の切り崩しの対象になってしまいました。
「女性が輝く社会」とかいうのならば、保育はもっと本気で整えるべきなはずなのに、かたちだけで中身まで考えてはいないのだよね。
保育士不足だって、待遇改善して劣悪な職場、労働環境にもっと本腰を入れて改善するつもりがあるならば、格段に増えるはずです。
多くの有資格者が待遇や労働環境を問題として保育の職に就かないからです。
でも、それにお金をかけるつもりがないから、先般話の出ていた「準保育士」のような裏口を使おうとしています。
結局この「準保育士」も安く人を使って、それで利益をあげたいという人たちに都合のよい話でしかありません。
「準保育士」の話はつぶれたけれども、おそらくまた近いうちに名称や制度を変えて似たような話がでてくることでしょう。
たしかに既存の保育所だって、どこでも質が高かったわけではありません。
しかし、じゃあだからといって育児経験があるならば誰にやらせてもいいだろうといったことになれば、いまからは考えられもしないようなひどいことがわんさか起こり得ることでしょう。
いまは質の低い人がいたとしても、それをなんとかカバーできる専門性を持った人がいるからある程度のところで維持されているのです。
しかし、えらい人たちとくに年配の男性に、「母親が家庭でタダでやっていたものになんで金をかけなければいけないんだ」という意識があるうちは、保育に予算を投じるようにはならないでしょう。
そういう人たちにとっては、むしろ「企業に下げ渡して税収を出させるところ」になってしまっているのではないでしょうか。
いまの政治家のおえらいさんたちは、多くが二世三世議員のおぼっちゃんばかりになってしまっていますから、実際のところ保育園なんて実感としてはなにもわからないことでしょう。
僕はこれから保育士を目指す人や、これから中核を担っていく若い保育士さんたちによりよい保育、子育て、家庭支援を身につけていけるよう尽力したいと思っているのですが、業界全体がブラック化していきかねないところに送り出さなければならないことがなんとも心苦しいです。
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● COMMENT ●
ありがとうございます
読みました
こんなことがおきているなんて…
まだ話すことのできない幼い子を、この本に出てくるようなひどい状態の保育園に預けていたらと考えるとぞっとします。
子どもにお金をかけたくない国、考え方が貧しいです。
でも、保育園に預けた(預けたい)親たち、保育園に通った子どもたちの多くは、保育の重要性も先生に高い専門性が必要なことも分かっていると思います。
自分の子が保育園世代を卒業しても、それぞれがそのときに感じたことを忘れずに関心を持ち続けていけば、希望はある、と思います。
全体を調べてみてはいかがでしょうか。
保育について影響力があるブログと思いますので、お邪魔します。
企業立、社会福祉法人立、宗教法人立、公立どれも問題がありますよね。
およそ100箇所ぐらいですが、私が個人的に見て回った限りでは、確かに企業立の園は保育内容に問題あるように思われますが、他の法人も極端に違うという感じはしません。
人件費の%の話を訴えられていますが、人件費70%の内、どれほどの金額が同族に回っているのでしょうか。寝たきりの園長(祖父)、副園長(父)、総務責任者(母)、主任(娘)だとこの一族の世帯年収は3000万〜ですかね。現場の保育士さんの給与は業界比較で最低ランクに近いですが、経営者一族が平均以上もらっている施設は散見されます。
業界内部にいると違う印象がおありのようでしょうが、外部から見ると似たり寄ったりな印象を受けますね。。。
今の保育は、いろんな面で崩壊しているんでしょうけど…
個人的には、今も昔もさほど変わってないと思います。
子どもに対する見方が、変わってないからです。
まぁ、多くの乳幼児を一ヶ所で見ようとするから仕方ないんですけどね。
僕が参考にした育児書には、下記のように書かれてました。
・人見知りをするのが、よい子
・いたずらするのが、よい子
・反抗するのが、よい子
・自己主張するのが、よい子
・友だちとケンカするのが、よい子
こういう子は、保育園では手がかかるから面倒な子なんでしょうね。
親ですら、面倒ですもんね。
だから、そうさせないようにしているのが、保育園なんです。
この考え方自体は、今も昔も変わってないと思います。
保育の崩壊うんぬんより、保育自体を見直したほうがいいんじゃないかな。
多くの保護者に読んでほしい
子どもを預けている保育園に違和感を感じた人はに是非、
読んでほしいと思いました。
保育士おとーちゃんさんがおっしゃっているように、
この本には、利益優先・効率優先の保育園では、
たくさんの乳児を少ない保育士がみているため、
手がかからないことが良しとされる現状が書かれていました。
この本を読んで、
チャウエスク政権崩壊後のルーマニアの孤児院を思い出しました。
児童発達心理学の分野ではわりと有名な話だと思いますが、
ルーマニアの孤児院で手をかけられなかった子供たちに、
その後、発達遅滞や精神疾患が多く認められたという話です。
私が以前、子どもを預けていた保育園は、
この本に書かれている保育園ほど、ひどくはありませんでしたが、
一歩間違えれば、そのようになってしまう危うさを
私は、保護者として感じていました。
各地で、このような状況が少しずつ少しずつ進行していることを
本当に悲しく思います。
こんな保育園に子どもを預けても気にならないのかな?
忙しさのせいで、気がついていないのかな?
あるいは、なんだかおかしいと薄々気づいていても、
「働かないと暮らしていけないからしょうがない」が優先してしまうのかな?
感覚がマヒしちゃっているのでしょうか。
最大手株式会社保育園、通わせてます
この本に出てくる利益重視の最大手園に私の子どもが昨年からお世話になっているのですが、とても良くしてもらっているので、なんかショックです。株式会社が全て悪いみたいな…
研修制度がしっかりしているのか親への気遣いが、そんなにしなくても、、というくらい徹底しています。
毎日の持ち物も少なくて良いし、夕飯も17時までに連絡すればOKで、働く親からしてみるととても助かります。
子どもたちへの接し方も問題あるとは思えません。現に子どもはまだちゃんと喋れませんが、先生好き!保育園行く!と言っていますし。
エリアによると思いますが、そういう情報を何も知らず、見学した中で一番子どもたちが元気があって先生たちの一生懸命働いている姿を見てこの保育園を第一希望で申し込みました。
確かにグループ企業で売り上げをあげようとしているのはわかりますが、会社全体が潤うことで先生たちの労働環境も良くなればと思って貢献しています。
ちなみにこの1年でやめた先生は1人か2人くらいなので、一般の企業と変わらないと思います。産休、育休を取って復帰してる先生もたくさんいるようですし、株式会社だから扱いがヒドイというのはちょっと偏見かと思いました。
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排泄の自立に悩んだのをきっかけにこちらを知り、
最新の記事を追いつつ、時間のできたときにはじめから全部!!せっせと拝見しています。ようやくわが子の産まれた年まで来ました(笑)
途中まで本文記事のみしか拝見していなかったのですが
2011年6月をきっかけにコメント欄も拝見するようになり、
そのひとつひとつの丁寧な対応に、感激を持って驚きました。
私も育児に悩む母親、ついつい詳細説明したいあまり、相談文が長くなるのはよくわかります。が、読む側としてはちとツライ…
にもかかわらず、丁寧に対応されている無数のおとーちゃんのコメントに
ただただ感激しました。
一般化された、耳触りの良い情報は無数にあります。
でも、いざ役に立つ、試してみようと思う情報は
どこかの誰かの1相談に対するお答えや、個々の事例に対するお考えの中にありました。
ありがとうございます。
心よりお礼申し上げたく、最新記事のこちらにコメントさせていただきました。