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2018-11

中学校入学式 - 2018.04.10 Tue

うん、もうなにから話したらいいかわからなくなるくらいいろいろでした。一部なりともここで書いておきたいと思います。


まず、はじめにお断りしておきます。
僕は、優れた教員や、生徒のことを強く考えている教員がいることも存じ上げています。
それは少しも否定しません。しかし、だからといってそれが批判をしてはいけないという根拠にはならないことはご理解いただけるでしょう。
これは昔から言われるところですが、学校という組織は外に対して閉じた体質があり、積極的にアンテナを高くしている人以外、自分たちの組織内の常識にいつのまにかからめとられてしまう傾向があります。これは、保育施設も同様です。

特に、組織の上部がそのような自分の周りの認識だけでいる場合はなおさらです。
しかし、往々にしてそのようになるものです。なぜなら、「自分は正しい」と思わずにはいられないのはこれは人の性(さが)として避けられないものだからです。
それに対して、客観的な検証や、内省、学術機関などの提言を受けて是正すべきものですが、それは全ての人ができるわけでもありません。

はっきり言ってしまえば、閉じた組織の自浄作用というのは往々にして低くなりがちです。
僕自身は、これを保育施設で嫌と言うほど実感しています。
組織に変わることを訴えるよりも、そのクライアント(この場合は保護者等)に理解をうながす方がはるかに、そういった組織を健全化させる近道かもしれません。

僕がこのブログで「保育の質」というカテゴリーを設けて、保育士に限らず多くの人に発信しているのはそれがためでもあります。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、僕が入学式でどんなことを感じてきたかを述べたいと思います。
少々モヤモヤした気持ちを持ったまま書いているので、あまり読んで気分のよくなるような話ではありません。ご不快になる方はお読みにならないことをおすすめします。







1,自主性・主体性の視点の欠如

式の開始前、在校生(2,3年生)が副校長の指示に従って、簡単な事前リハーサルのようなことをしていました。
号令をかけて、立ったり座ったり、お辞儀をさせたり、座ったときの音がうるさいとか静かだとか・・・・・・。これ自体も、それなりに問題があるのですが、ここではそれは置きます。


その副校長の在校生への指示の中で、このような一節がありました。

「今日は入学式というおめでたい日です。みなさんの気持ちはおめでたくなっていますか。意識してみて下さい。云々」


それを聴いて僕は「ハァー、めでたやなー」と中学生たちが一斉に三河万歳でも踊り出すのかと一瞬想像しましたが、まあそんなわけもなく粛々とその生徒たちは聴いているわけです。

その副校長は50歳代くらいの年齢の方でしょうか。
失礼ながら、何十年も教員をやってきてそのレベルなのかと僕は思います。

なぜ、それがおかしいか。
それは、生徒の内面に直接指示を出し、そこをその指示によって作り上げようとしている。また、それが可能なのだと思っているがゆえです。これは一般社会に生きる大人にとっては驚くほどありえないことです。


人の内面というのは、直接には他者がどう干渉しようともこねくり回すことはできません。
また決してしてはならないことです。その根拠は憲法に定められた「思想信条の自由」にあります。


例えば、「花がきれい」ということを、「この花はきれいに咲いていますね。だからあなたもこれをきれいだと思いなさい」ということは、不可能なことです。そこに教育要素はありません。

さまざまな活動を通して感受性を養うなどし、その上で人によってはそれを「きれい」と思う人もでてきます。(前提として、思わない人がでてくる許容も必要)
本当にその人を伸ばす教育というのは、常に間接的でしかありえないのです。


「はい、この花はきれいですね。ではみなさん私に続いて”お花がきれい”とご唱和ください」

とこのようなことをしても、それは少しも教育ではありません。
ただの押しつけであり、単に「きれい」という意図に子供をはめ込みたい人の自己満足でしかないのです。


「おめでたい気持ちになりましょう」という心に対する指示、直接干渉によって子供を伸ばせるという視点に立っている教員では、子供の心につながる部分の何ものも形成できないのです。

むしろ、そのようなスタンスに教員がいるのであれば、学校生活というのは、押しつけ、服従の連続にしかならないことでしょう。
学校のような小さな組織は、上に立つ人の方針がとても大きな影響を与えます。
副校長がそうであれば、それ以下の教員はそれにならう人もでてくることでしょう。
教員がそうであれば、子供たちの中にもそのように他者と接する子もでてくるでしょう。


これが例えば、いじめや不登校、学級崩壊の問題など、これらはどれも子供の内面と関わっていることです。
そういったスタンスにいる教員では、解決はおろか理解すら難しいのではないでしょうか。

特に道徳が教科化された今、この教員の姿勢は大変危険なことと言えます。




2,「友達をひとりでも多く作って下さい」

校長あいさつのなかで、上の一節がありました。

正直「うわぁああ」と思います。

これでは不登校の生徒もでてくるでしょう。
このレベルの視点は、少なくとも20年も前に理解し乗り越えていなければならないことです。


単に、「友達を作って学校生活を楽しんで下さい」という程度であればまだしも、「ひとりでも多く」とかぶせていることによって、この「中学生は友達を作るべきだ」というある種の思い込みになんの疑問も抱いていないことがわかります。


「友達を作りなさい」「他者と協調しなさい」というこの大人の主観が、学校という場に集う個々ひとりひとりの子供への無理解や、居心地の悪さを形成していることにまったく気がついていないことを露呈しています。

不登校の問題やいじめの問題は、大人からの子供同士の協調の強要が背景になっていることがあります。
この校長の言葉は、それらを少しも理解していないということです。


このスタンスにいる人は、不登校の当事者や、いじめの被害に遭う側の子に、うわべはともかく心理的な批判の気持ちをもちかねません。
これは問題解決につながらないばかりか、その犠牲となっている子をさらに大人が追い詰めることにつながります。

現代において、教員が必ず乗り越えなければならない視点です。




3,個の不尊重

また校長のあいさつの中には、集団としての協調・団結を求める内容がかなり強い調子であり、その次にとってつけたように軽く「ひとりひとりを大切に」という言葉がつながっていました。

実は、これに先立つ小学校の卒業式における、そこでの小学校長の卒業式あいさつでも、まったく同様の話があったのです。
それは、「学校としてのまとまり」を強調し、本当にあいさつ文の最後の最後に一言だけ「個々を大切に」とつけていました。


この両者に共通しているのは何か。

学校長の子供を見る視点には、「集団が先にあり個が後にある」というスタンスがあることを表しています。

それは可能性としては、単に公務員根性で、「問題を起こしてくれるなよ」という気持ちの表れかもしれません。それはそれで教育者としてあまりにおそまつなものですが。

だが、もし教育論としてそのようなスタンスでいるのでしたら、それはさらに問題です。

現代の先進的な民主主義国家において、全ての基礎に「個々人」があり、なにかに取り組む際はそこから出発するということに言を俟(ま)たないからです。

教育においても、当然そうであるのは明らかです。
むしろ、教育にこそその視点が明確になければ、現代に生きる上での知性・教養を養うことができません。

であるからして、教員のスタンスは「個がまずあり、そのある種の集合体としての集団がある」という点に立っているはずです。

このとき、その集団の価値を小さくとらえるか、大きくとらえるかの価値観の差はあるとしても、この順番としての「個→集団」ここは踏まえていなければならないところです。


これが理解できていなければ、「個の尊重」や「多様性の尊重」といったことを実践できるわけもないのです。


話はややそれますが、先般話題になった銀座の公立小学校におけるアルマーニ制服の問題も、「立派な制服を着ることにより生まれる一体感」といったものを、そこの校長は求めていました。
あのケースにも、これと同様の問題点があるのです。あのケースは公立学校における制服の値段がどうこうといったことではなく、教育のスタンスとしてのそちらの方がずっと大きな問題だったと言えます。



そのように、「個の尊重」や「多様性の尊重」が理解できない学校では、複雑化する現代の子供たちの問題に取り組めるべくもありません。
最終的に、マイノリティに対しての排除の論理がはたらくことになるでしょう。

事実、息子の小学校においては、個性の理由から友達と上手く関われない問題を抱えていた子を転校させたというケースに直面しました。

悲しいかな、教員の不勉強さが子供にツケを払わせる事態となったのです。




4,車いすの生徒への対応

新入生に車いすを利用している生徒がおりました。

他の生徒は、出席番号順で入場していましたが、その車いすの生徒は列の最後尾についてこさせられていました。

インクルーシブの観点から言えば、その生徒の出席番号順の通りに他の生徒と同様に並んで入場するはずです。
これは、座る席の物理的都合上そうする合理的理由があったのではという指摘があるかもしれません。しかし、それはあたらないのです。なぜなら退場時も最後尾にされていたからです。

教員・学校側にその子を差別したりする悪意はないでしょう。
しかし、だからといってそれがOKとはならないのです。
あえて強い言葉で言えば、プロフェッショナルの無知は罪だからです。


ここに見え隠れしているのも、個の尊重よりも集団を先に置いている視点です。
「ひとりだけ違う車いすなのだから、他者と違う扱いをされて当然。一番後ろにしておけ」というスタンスにいまだ学校・教員がいるということです。



◆さいごに
僕は学校・教員の姿勢に対して批判はしていますが、そこにいる個々の人たちを責めているわけではありません。
たくさんの方がそこで努力していることも知っています。
現に、僕の講演や研修にいらしゃる教員の方も少なからずおります。

僕がこのようなことを言うのは、子供にまつわる仕事をしているからだけではありません。
今に生きるひとりの人間として、現代的な感覚を持って子供たちの教育を考えることは当然の役目だと思うからです。

もし、これを読んでくれた方の中に学校関係者の方がいらっしゃいましたら、「批判だむかつく!」ととらえるのでなく、これからの学校のあり方を考える上での一助としていただけたらと思います。


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● COMMENT ●

小学生になりました

この4月から上の子が小学生になって、まだ、入学前保護者会と入学式だけですが、既に相当モヤモヤしてます…。具体的にこれが、という大きなエピソードがあるわけではないのですが。
モヤモヤの理由は多分、理由のわからない大量の指示ではないかと思います。説明会でもプリントでも、「○○してください」「○○しないでください」という指示だらけで、何故そう決めているのかという理由はほとんど説明されない。理由を言われないから勝手に想像してみても、前からそうしてるから、とか、管理上の都合しか思いつかなくて子供の育ちのためにという要素が極端に少ない(もしかしたらあるのかもしれませんが、説明はされないし、それよりも、集団を管理する都合の匂いが強い気がします)。また、理由を説明しようという動機がないこと自体に、目的のために議論する余地があるのではなく、黙って従うのが当たり前、という前提を感じてしまいます。
公立小だから仕方ないのかしら、いやいや、私立を選んでたとしても学校ってこんなもんじゃないかしら、と、ずっとモヤモヤしてます…。
私自身は学校生活に適応的な性格だったので自分自身が苦労したことはあまりないですし、息子もそう見えるので小学生になるにあたっての不安はそれほどなかったのに、こんなにもモヤモヤが止まらないことに、一番自分がびっくりしてます。

小学生になりました2

書き出したら止まらなくて、長くなってすみません…

入学式後の初登校日に帰って来た息子に「どうだった?」と聞くと、「まだお勉強はしなかった。今日はお約束だけ。」(予定表によると、「学校生活のきまり」)
翌日は、学習道具を全部持って行って、記名の確認。
学校にとって最初に均一に教えた方が都合がいいのはわかるのですが、「小学校って何するのかな?」「勉強たのしみ!」と高いモチベーションを持っている子供達に、まずは学ぶ喜びを感じるところから入らないのはもったいないなあと思います。
しかも、全教科の学習用具の入ったランドセルの重いこと! それを記名確認のためだけに持っていって持ち帰るのは、子供本人のためのカリキュラムではないなぁ、とつくづく思います。

そんなこんなで、初の小学校生活は、今までの園に恵まれた分、私にとって前途多難です(気持ち的に)。気持ちの折り合いをつけながら、見守って行きたいと思っています。

モヤモヤ

抹茶さん、同感です。我が家も入学式と初日を終えたところですが・・持ち帰ったプリントに、びっしり約束事が書かれていて、ケガをしないこと、なんて事も書いてありました。溜息しか出ないです。

「たくさん友達を作りましょう」「みんなと仲良くしましょう」校長先生や担任が入学式の日に言っていました。私も心の中で「でたー!」と思いましたが・・当然子ども達ははーいと返事していました。

私はもう学校・学級運営にとって都合の良い事を並べているだけだと分かっていますが、素直に受け取る子どもに何と声をかけようか考えてしまいます。

我が子は言葉の通りに受け取ってしまう凸凹のある子なので、ヘタしたら大人になってもそれを抱えて生きていく可能性があります。社会の中でみんなと仲良くなんて、不可能だし必要ない事も普通は自然と分かっていくことですが、そうでない子もいます。嘘を教えないで欲しいです。

子どもには、先生は神様でもエラい人でもない、同じ人間だから正しい事ばかり言う訳じゃない、自分で考える事が大事だよ、と年長の頃から繰り返し言っていますが・・

しかし、先生だけでなく祖父母も同じような事を言うので辟易しています。何も考えず、新1年生にかける決まり文句みたいになっているのでしょうね。じゃああなたは友達が100人いて、みんなと仲良くしてるの?と聞きたくなりますが。

もちろん先生方も一生懸命されてる事も重々承知ですが、おとーちゃんのように自分なりでも外部などからでも常に勉強したり知識を取り入れたりして欲しいものだなとは幼稚園の頃から思っていました。でもそれは保護者や大人達も同じ事ですね。

学校独特の言葉

おとーちゃんさんこんにちは。ご子息はもう中学生なんですね、、おめでとうございます。うちも4月から小1です。学校と保育園との違いに親子で戸惑いながらも、子供は子供の適応力でやっていっているようです。

公立学校には、文部科学省と各自治体とその学校の論理とルールが融合した、独自の言葉遣いがあるんだなあと実感しているところです。例えばうちの学校は「ありがとうと言われる子になりましょう」がプロパガンダみたいな目標としてあり、プリントにも校長のあいさつにも出てきます。

「ありがとうと言われるようになろう」はかなり人を惑わす言葉と思うのですけども、子供の感性で大多数の子は意外に正しく捉えられるのでしょう。でももう少し言葉選びに敏感になっていただけたらなあと思うし、ありがとうと言われることが究極的に大事なわけでもないということも含めた教育にいしていただきたいものだと思っています。

これからかなりの間、こういった日本の「学校文化」と折り合いをつけながら成長していくんだなあと思うと、母親の自分こそ折り合いをつけながら子供をサポートできるように成長(なんてムリだけども)しないと!思います。

もう自分の保育時代は終わってしまいましたけど、これからもおとーちゃんさんのブログを楽しみにしています。

うちも、月曜日から小学校に通っています。
保育園と学校、違いすぎて親がとまどっています。
保育園と違って、学習しなければいけないから、致し方ないのかなと自分を無理やり納得させています。
自分が小学生の時は、なーーんにも疑問を感じない、言われたままを受け入れる子供だったのですが。
大人になってから見る小学校の、なんと時代錯誤というか、集団ありきの、高度成長期の会社人間を作り出す仕組みに、怖さを感じました。
最初のホームルームでは、入学式の練習をしていました。
はい、と言って立つ。
それが出来ない子が一人いたのですが、横に立った先生が無理やり立たせていました。
うちの子は、学区外の保育園に通わせていたので、返事をする時は、手を上げて立っていたのですが、それを否定されて、手はあげないでよろしい、と恐い顔で言われていました。
そうしないと(威圧を使わないと)いけないのは、学区の保育園がそうだったからなのか、先生の考えなのか、怖かったです。
小学生は、近所ですれ違うと挨拶してくれる子達なのですが、それすら、大人が望んで作り作り出した姿に見えてきました。
これから、それらが誤解であったと感じられるといいけれど。
うちの子が、潰れず、このまま保育園で育てて頂いた個性を伸ばせるといいけれど。

うちの入学式にもありました。

こんにちは。
うちの小学校入学式にも、
同じ言葉がありました。
校長の「3つできるようにしましょう」
の中に、友達をたくさん作りましょうがやっぱりありました。
違和感を感じるのはそこだけでしたが、
やっぱり、子どもの世界は、まだまだ狭いものですので、校長の一言の影響力を考えると、
怖さを感じました。担任のお若い先生は、とても優しく、心に寄り添ってくださる言葉選びと、雰囲気を持たれているので、安心して通わせられますが、やっぱり、先生自身が育った環境も影響しているんだなと感じられる一コマでした。
うちでは、♬友達100人できるかな?♬
の歌の最後に、できるかー!と冗談交じりに、
ツッコミを入れた替え歌を作って歌ったりしながら、友達づくりを気負わなくてもいいからね、と伝えています。
これからも、記事、楽しみにしています。
心の支え、子育ての道しるべにさせてもらっています^ ^

初コメントです。
私の息子はまだ保育園の年長さんでまだ小学生ではないですが... 。
入学式で友達作りましょう。なんて言われるんですね。
息子は私に似て理屈っぽいので「なんで?なんで友達たくさん作るの?なんでなんで??」と絶対聞いてきます。
以前息子が保育園で一人で遊んでるという事を姪からききましたが、息子には「一人で遊んでもいいし、先生と遊んでもいいし、お友だちと遊んでもいいよ。一人で遊んではいけないっていうルールはないからね。と伝えました。
大人の価値観押しつけてはいけないと思いました。

おとーちゃんさんの、公教育への深い絶望が感じられる投稿に、思わずコメントしたくなりました。

こちらのブログに助けられながら育てた長男も、この春、公立小の新一年生になりました。お人形さんをおぶっていたにぃにも、もう中学生なんですね。おめでとうございます。

当校の入学式は、式の冒頭、「国歌斉唱」とのアナウンスの後、おもむろに教員だけが立ち上がり「君が代」を歌っていました。子供たちが一様に、何が始まったのか?と口を開けてポカ~ンとしている姿に、私は笑いをこらえてしまいました。

保護者や子供たちに何の説明もなく、教員たちだけで、取ってつけたように歌われた「君が代」に、私は、本当は教員自身もそれほど歌いたくないし、ましてや、子供や保護者にも強制したくないが、歌うように推奨されているため、やむを得ず、唐突に教員だけで歌うという形になったのではないかと、推察しました。だとしたら、国家権力による教育への介入が、一般人の知らないところで、以前よりさらに強くなっているのではないかと、絶望的な気持ちにもなりました。

その後の式では、子供たちに向けて、交通事故にあわないこと、と、あいさつを元気にすることを伝えていました。あともう一つ、お約束があった気がしましたが、失念しました。ただ、心の在り様を強制するような言葉は、なかったように思います。最後に、新1年生の先生方が、リコーダーで、ピタゴラスイッチのテーマを合奏してくださり、子供たちも笑顔になっていました。

こちらの学校は、地域柄、長年、PTA組織が存在しないようですが、保護者によるボランティアの募集や学校公開には積極的です。閉じた学校にならないよう、私自身が学校に積極的に入って行く中で、「個の尊重」や「多様性の尊重」を、自分自身でも学んでいきたいと思います。

幼稚園時代、かんしゃくを起し、友達を叩き、つめかみをしていた彼も、おかげさまで、小学生になることへの心配も少なく、大きく成長しました。引き続き、ブログを楽しみにしています。

日本という国を形成する上で国歌や国旗は必要だと思いますし
一般の保護者はともかく先生は公立なら公務員です。
公務員は国や地域に貢献する為にいるのですから
国や地域の方針に従うのは当然ではないでしょうか。
日本人として「こういうことだよ」と子供に家庭で説明することも大切だと思います。

あいさん、ご意見ありがとうございます。なるほど、たしかにそういう視点もありますよね。

アメリカにいたころ、大学のバスケチームの試合の前に、応援する学生たちが立ち上がり、胸に手を当てて国歌を自然に歌っている姿を見て(もちろん歌わない自由もありました)、歌わされている感覚の強かった学生時代の自分との違いは何だろうと感じ、「愛国心」について考えるきっかけになったことを思い出しました。

国家とは何か、国旗・国歌は何のためにあるのか、ということを含め、子供に説明するにあたり、自分自身、もう一度考えてみたいと思います。

また、別の問題として、あいさんの“公務員は国や地域に貢献する為にいるのですから国や地域の方針に従うのは当然ではないでしょうか。”というご意見については、おとーちゃんの書かれている、

“現代の先進的な民主主義国家において、全ての基礎に「個々人」があり、なにかに取り組む際はそこから出発するということに言を俟(ま)たないからです。”

“教員のスタンスは「個がまずあり、そのある種の集合体としての集団がある」という点に立っているはずです”

という文と照らし合わせて再考してみたいと思います。

いずれにしても、あいさんの貴重なご意見から、考えを深めることができ、感謝いたします。

現実的な子育ての情報を求めている方々にとっては、重要度の高くない内容のやり取りを、コメント欄でさせていただき、すみませんでした。ありがとうございました。

もちもちさん

横から失礼します。
もちもちさんのコメントに笑ってしまいました。
私も、ぽかーんとする新一年生を見て笑いをこらえるような親でありたいと思いました。

興味深いお話をありがとうございました。

もなさん

こちらこそ、暖かいコメントをありがとうございました。

はじめてコメントします

はじめまして、こんにちは。いつもブログでいろいろ参考にさせていただいています。
今回久しぶりにブログを拝見したら、いつも疑問に思っていたことが
今でも学校でいわれていることにガッカリして、何かいわずにはいられない!
と思いコメントさせていただくことにしました。
私は今社会人として一人前に働くことができていますが、学生時代は劣等感の塊でした。
なぜ劣等感の塊だったのか、大人になってから思い返すと、「集団生活ができない」「友達が少ない」と思い込まされていたからだと気づきました。
通知表にも、もう少し協調性をもってというようなことが書かれていた記憶があります。
大人になって考えると、合わない人に無理に合わせる必要はないし、友達も広く浅くたくさんもちたいタイプと、狭く深く少人数で満足なタイプといろいろあると思うんですよね・・・。私はいろいろ考えてしまうので、気の置けない友人が数人いれば満足するタイプなんだと大人になって気づきました。気付いたと同時にそれでいいんだよ、ということを誰にも教えてもらえなかったな、と思いました。なんで「友達100人できるかな♪」の歌のようにたくさん友達を作る必要があって、友達がいる子が正解なように思わされていたんだろうと、ふと思い出すんです。
子どもには無理に自分を抑えてまで友達を作る必要はないんだよ、と時期がきたら教えていこうと思っているところ、学校でたくさん友達を・・・と今でも教えていることを知り、ビックリしたと同時にガッカリしたというか・・・。
長くなってしまいすみませんでした。これからもいろいろ参考にさせていただきます!

友達とは?

友達って何なんでしょう?

僕は「何でも言い合いができるのに、仲がいい人」を友達と思っています。
まぁ、僕には、そんな人はいません。
別にいないことに対して、困ることはないです。
ただ、友達を作ろうとする経験は、しておいた方がいいと思っています。

僕が参考にした育児書には、かきのようなことが書かれていました。
3歳頃から、友達と遊び始める。
ケンカをしては、翌日には忘れて一緒にまた遊ぶ。
これを繰り返しながら、社会性を育んでいく。
ちなみに、ケンカとは「対等なもの同士の自己主張のぶつかり合い」です。

僕が学べなかったのは、3点あります。
1.自己を上手く表現すること
2.ケンカをすること
3.仲直りをすること

これらのことが身についていたら、もっと楽に生きられるかな、と思っています。


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